スマートシニア・ビジネスレビュー 2005年6月21日 Vol. 70

gerontology先週、日本老年社会科学会大会で
講演する機会がありました。

今年度の大会長は、桜美林大学の柴田博教授。柴田先生は、東京都老人総合研究所の副所長を経て、日本で唯一の老年学講座を大学に創設された日本における老年学のパイオニア。その柴田先生とのご縁で講演する機会を頂きました。

講演テーマは「シニアビジネスの動向と今後:
多様性市場への適応力と老年学の役割」。
今回の講演では、シニアビジネスの話のほかに、
次の二点についてお話させて頂きました。

1. 日米における老年学の社会的認知度の違い
2. 日本における老年学の今後の役割

アメリカでは、多くの大学に老年学の講座があり、
老年学の学位を取得したジェロントロジストが
産業界で広く活躍しており、
ビジネスにその知見が深く反映されています。

これに対して、日本では、
大学で老年学の講座をもつのは
前掲の桜美林大学のみ。

また、ジェロントロジストの数は極めて少なく、
その活躍範囲は産業界には少なく、
ビジネスへの知見の反映は
ほとんどないのが現状です。

なぜ、日本ではこれまで老年学が
広く世の中に知られてこなかったのでしょうか。

私は、その理由は次の三つにあると思います。

(1) 老年学は「老人のことを解明する学問」とされ、
「老人学」とみなされてきた。これにより、老年学は
特殊で地味な学問という印象が強かった。

(2) 老年学(Gerontology)の実質的な中心が、
いわゆる老年医学(Geriatrics) であり、 老人の身体機能低下や
認知症などの研究に主眼が置かれたため、
極めて限定的な学問となっていた。

(3) 老年学の研究者が、大学や研究機関の「学者中心」で、
産業界との結びつきが薄く、その実用価値に対する
社会的認知が必ずしも得られなかった。

(1)(2)については、老年学という
言葉のイメージによるところが大きいと思います。

老年学とは、英語のGerontologyの訳語です。
GerontologyのGeronは、ギリシャ語の
geras (old age の意味)が元なので、
老年学という訳語になったと推察されます。

ところが、アメリカにおけるGerontologyの定義は、
「人の一生に渡る加齢(aging) に関する科学的な研究」
というのが一般的です。

それは、人類学、生物学、生化学、経済学、
歴史学、医学、看護学、心理学、社会学などの
学際的な研究分野であるとされています。

こうした定義にも関わらず、老年学では、
老人に関する医学や看護学といった領域が
研究分野の中心でした。

一方、(3)については、
日米で特にその差が歴然としています。

アメリカでは医師、看護士のみならず、
リタイアメント・コミュニティの設計者から
マーケティング・コンサルタントまで
幅広くジェロントロジストが活躍しています。

たとえば、マーケティング・コンサルタントとして有名な
ケン・ダイクオードはジェロントロジストであり、
ASA(American Society of Aging) のCEOを務める
女性経営者のグロリア・カヴァノーも
ジェロントロジストです。

一方、産業界での経験から得られた知見が、
大学教育の場にも反映されています。
たとえば、ニューヨーク州イサカのイサカ・カレッジの
老年学研究所では、隣接する老人ホームと共同で
様々なプログラムを大学院のカリキュラムとして
実施しています。

アメリカでは、老年学を核とした
こうした「知の循環システム」が、
国のあちらこちらで形成されているといえます。

さて、周回遅れのランナーのような日本の老年学は
どうしたらアメリカに追いつき、
さらには乗り越えることが出来るのでしょうか。

私も含めてこれから老年学に取り組む人には、
少なくとも次の三つが必要だと思います。

第一に、老年学は「老人」のための学問ではなく、
「全ての世代」にとっての学問であると認識すること。

第二に、老年学は「学者のための学問」ではなく、
「社会のための実学」であると認識すること。

第三に、世界最速の高齢国家 日本だからこそ得られる
実用的な知見を老年学に反映し、
生きた実学としての老年学を世界に発信すること。

特に、第三番目が重要だと思います。
日本の高齢化率はついに20%を超え、
日本人の5人に一人は65歳以上となりました。
高齢化率が20%を超えたのは世界中で日本だけです。

この高齢国家の行く末をじっと眺めているのが、
実は老年学先進国のアメリカなのです。

AARPをはじめ、多くの識者は、
高齢社会の諸課題に最初に直面する日本を
高齢社会の「ショーケース」と見ています。
一見周回遅れのランナーは、
実は高齢社会のフロントランナーなのです。

この構造を逆手にとって、
アメリカで過去なされてきた研究分野にとらわれず、
アメリカの研究者すら気がついていない
日本独自の実用的な知見を
彼らに先駆けて蓄積し、彼らに発信するのです。

そうした実学としてのジェロントロジーの知見は、
アメリカのみならず、
これから高齢社会に突入する多くの国から
待ち望まれるものとなるでしょう。

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東北大学スマート・エイジング国際共同研究センター