「明日の記憶」が記憶される理由

スマートシニア・ビジネスレビュー 2006年5月22日 Vol. 87

ashitanokioku渡辺謙と樋口可南子が主演する映画「明日の記憶」が中高年の間で話題となっています。

渡辺謙演じる50歳の広告代理店部長・佐伯が、
ある日若年性アルツハイマー病を発病し、
仕事場を追われます。

そして、病気の進行に従い記憶を奪われていく佐伯を
樋口可南子演じる妻・枝実子が懸命に支えます。

一見、夫婦愛を中心にした人間ドラマのようですが、
自らエグゼクティブ・プロデューサーも務めた渡辺は、
「この映画を単なるお涙頂戴にはしたくなかった」
といいます。

その意図を最も象徴しているのが、
病気が進行した佐伯が一人で電車に乗って、
かつて妻にプロポーズした山の中の
陶芸用の窯に向かう場面からです。

 専門家によれば、アルツハイマー病が発病して
数年経つと一人で電車に乗って山中に行くというのは
「ありえない」ことらしい。

しかし、この「ファンタジー」のようなラストシーンが
描かれたことで、たとえ、絶望的な境遇に陥っても
救いがあるというのが、この映画の評価となっています。

ところが、最先端の脳の研究によると、
これが映画のファンタジーではなく、
現実に起こる可能性があるのです。

人間の脳は何十億の神経細胞でできており、
一つの神経細胞には、他の神経細胞と結びつくための
何千という樹状突起があります。

記憶は、実はこの樹状突起どうしの
「結びつきのパターン」として残っていくのです。

記憶には、「短期記憶」と「長期記憶」とがあります。
「短期記憶」とは現在行っている作業に必要な情報を
一時的に保管するデスクトップのようなもので、
大量の情報は貯蔵できません。

これに対して「長期記憶」は、神経細胞の一群が
無数に重なり合ってできており、その結合が
昔好きだった恋人の顔から、体操するときの
筋肉の動かし方まであらゆる記憶を「符号化」しているのです。

ここで重要なのは、長期記憶は
「脳全体に分布」していることです。
これにより、脳の一部が何らかの損傷を受けたとしても
甚大な記憶損失を防ぐことができるのです。

これは分散型の通信システムであるインターネットが
災害時に損傷を受けにくいのと似ています。
もっとも、インターネットが脳の神経網を参考に
考案されたというほうが正しいでしょう。

実際、以前、老人ホームで亡くなるまで
普通に働いていた看護婦が、死後の解剖で
実はアルツハイマー病だったことが判明した
という例があります。

この例などは病気で脳の神経細胞の一部を
破壊されたものの、日常生活に必要な記憶機能に
致命的な損傷がなかったということです。

堤幸彦監督は、実際に病気を患った人の声を聞き、
旅行に行きたい、歌を歌いたい、という強い意志が
あることを知ったそうです。

そうした人間の「最後の衝動」みたいなものを
映画のファンタジーとしてごり押ししたという
堤監督の思いと、脳科学の最先端の分野で
実証されつつあるという研究成果とが、
自分の中で「結びついた」のです。

そのことが、自分にとっての、
この映画の意味をさらに深いものにしてくれました。

そして、私はこの映画に特別の「結びつき」を感じます。
その理由は、映画関係者の出身地です。

渡辺謙さんの出身地は新潟県小出町(現在の魚沼市)で、
私が生まれ育った栃尾市(現在の長岡市)に近い豪雪地。
樋口可南子さんの出身地は新潟県加茂市。

さらに、この映画で医事監修を担当された
東京都老人総合研究所の本間昭さんの出身地は、
新潟県三条市。三条市は私の実家のある見附市の隣で
加茂市の隣でもあります。

こうした個人的な“こじつけ”のような「結びつき」が、
長期記憶に定着しやすいとのこと。

「明日の記憶」という映画は、
私の記憶の中に長くとどまり続けることでしょう。 
 

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