顧客の立場でサービス提供:定年後に起業する⑤

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朝日新聞 2015年5月18日 Reライフ 人生充実 なるほどマネー

「同世代に癒やしの場を提供する」のも起業テーマの一つ

起業のテーマをどう選ぶか。今回は「同世代に癒やしの場を提供する」です。

静岡県に住む団塊世代のCさんは、定年目前の57歳で繊維会社からリストラされました。計画していた定年後の日本一周旅行は夢物語になりました。3人の子供の教育費も必要で、家のローンも10年以上残っていました。

「なーに、仕事を選ばなきゃ月に20万円や30万円ぐらい稼げるだろう」と思っていたCさんは、ハローワークに通って自分の甘さを思い知らされました。57歳という年齢では20万円はおろか、仕事そのものがないのです。

結局、会社勤めをあきらめ、起業することを考えました。Cさんと同じようにリストラに遭い、素人ながら焼き鳥店を軌道に乗せた人が書いた本に出会ったことがきっかけで「自分も焼き鳥屋をやろう!」と決心しました。

店舗探しと同時に修業先を探しました。ところが、年齢のせいで皿洗いにも雇ってくれません。しばらくして、地元のスーパーに持ち帰り専門の焼き鳥店があることを思い出しました。手伝わせて欲しいと頼むと、やはり最初は断られました。

しかし、事情をきちんと話すと実はその店主も脱サラで事業を始めたことが判明。Cさんの心情を理解してくれ1カ月間修業をさせてもらい、商売のノウハウを教わることができました。

店舗探しについては、不動産屋、店舗の大家、内装業者、厨房(ちゅうぼう)用品店の皆さんがCさんの置かれた状況を理解してくれ、温かい励ましと協力を得ることができ、念願の開店にこぎつけました。

開店当時、リーマン・ショックも重なって世の中は不景気で、サラリーマンには試練の日々でした。Cさんはその気持ちがよく分かるので、店は安さに徹しました。サービス品も数多く提供しました。

しかし、そのためか最初は大変な苦労でした。1日の売り上げがたったの6800円という日もありました。それでもCさん、妻、娘の家族3人で始めたので人件費がかからず、その日の余り物を夕食にするなどして何とか乗り切っていきました。

職場での愚痴をこぼす場所というコンセプトを貫いた

3カ月を過ぎると口コミで評判が広がり、売り上げも伸びていきました。開店後2年経った頃には満席の日が多くなりました。職場での愚痴をこぼす場所というコンセプトを貫いた結果、常連客の9割がサラリーマンとなりました。当初、3年持てば御の字、と思っていたのが、いつのまにか7年続けることができたのです。

この例は「同世代に癒やしの場を提供する」という事業が、中高年の身の丈起業に向いていることを示しています。サラリーマンのつらい心情は、同世代が一番理解できます。

だから、顧客である相手の立場でサービスが提供できるのです。そして、そのつらさを乗り越えようと頑張る人には、似たような経験を重ねている同世代が応援してくれるのです。

家族3人で始めることで固定費を最小化したことも重要です。Cさんの例は、定年後に身の丈起業する男性にとって妻や家族との良好な関係が不可欠であることを教えてくれます。

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