66歳の落語家とピアニストとのデュエット

スマートシニア・ビジネスレビュー 2005年9月30日 Vol. 75

utamakura人気落語家の柳家小三治さんは、
本業以外の趣味が幅広いことで有名な人です。

その彼が「歌ま・く・ら」というピアノ伴奏による
独唱コンサートのCDを出しており、
少し前に聴く機会がありました。

正直、落語家による独唱コンサートなんて
全くイメージに合わないものだと思っていました。

ところが、1曲目の「平城山」の歌声が
聞こえてきた途端、様子が一変しました。

太く、深く、朗々と歌う歌声が、
私の気持ちをその演奏に正対させたのです。

続く2曲目の「落葉松」が聞えてくると、
私自身が昔合唱をしていた頃を思い出し、
懐かしさで胸がいっぱいになりました。

そして、3曲目の「古いオルガン」、
4曲目の「山のけむり」の頃には、
目頭が熱くなっていました。

小三治さんの歌声は、私の予想を大きく裏切り、
実に上手かったのです。 むしろ、上手いというより、
「じっと聴かせる」という方が正しい。

歌の演奏を聴いてこれほど心を打たれたのは
何年ぶりでした。

職業歌手による洗練された歌唱より、
素人が一生懸命歌う歌の方が心を打つという矛盾。
なぜ、こうした矛盾が現実には多いのでしょうか。

その秘密は、「ボクは歌の好きな少年だった」と
CDのサブタイトルに書いてあるほど、
もともと歌が大好きな方だということ。

人は好きなことに没頭できるとき、
その力を最大に発揮することを改めて感じます。

"私にとって落語は、職業仕事ではなく、趣味の一つです。
私にとっては生きることそのものが趣味なんです。
仕事はノルマをこなせばいいものでしょうが、
趣味は楽しいから一生懸命、夢中です"

いかにも落語家らしい洒落を感じる言い方ですが、
小三治さんにとっては「楽しいから一生懸命、夢中」に
歌えることも、生きることそのものなのです。

そういうスタイルで懸命に生き続けて、
66歳まで齢を加えてきた人だからこそ、
歌声に力があり、歌に魂がこもるのでしょう。

しかし、素人はだしとはいえ、
プロではない歌い手の力を最大限に引き出しているのは、
ピアノ伴奏者の高い力量にあります。

歴史的に名歌手が名歌手として知られるとき、
その傍らには、必ず名伴奏家の存在がありました。

20世紀最高のソプラノ歌手、
エリザベート・シュバルツコップや
バリトン歌手として最高峰と言われた
ディートリッヒ・フィッシャーディースカウの名演奏の裏には、
必ずジェラルド・ムーアという名伴奏家の
ピアノ伴奏がありました。

小三治さんは、CDのラベルにある
「ごめんなさい」という文章で、
伴奏者の岡田知子さんについてこう語っています。

"あなたが教えてくれたのはたったひとつ。
声の出し方でもない、リズムでも音程でもない。
「詩の心」でした。
いつだって「お歌を歌わないで」「詩を歌って!」
「心を歌って!」と、そればかりでした。

お稽古の始まりはドレミファソラシド、ジャーン、
ドレミファソラシド、ってあの発声練習から入るんだろうと
思っていたのが大はずれ。
まず歌の心、詩の心、つまり人の心なのでした。"

最近アンチエイジングという言葉が氾濫し、
齢を加えることがまるで悪であるかの
論調が少なくありません。

そんななか、小三治さんと岡田さんのデュエットは、
かけがえのない毎日を懸命に生き続ける結果として
齢を加える人間の力の素晴らしさを示しています。
 

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