なぜ今、シニア事業の専門家を育成するのか?

月刊人材ビジネス5月号 編集長インタビュー

人材派遣業界向けの月刊誌のインタビュー記事です。メインは東北大学SAC東京で掲げている「エイジング・サイエンティスト」育成の話ですが、現在の人材ビジネスの課題働き手から見た職場の考え方にも触れています。6ページに及ぶ長い記事ですが、ご一読いただき、感想をお聞かせいただければ嬉しいです。
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なぜ今、シニア事業の専門家を育成するのか?企業経営者がそうした人材を求めている、そんな強く大きな確信があるからです

シニアビジネスのパイオニアである村田アソシエイツ代表の村田裕之さん。多くの民間企業の新事業開発に参画し、シニア市場に造詣が深い村田さんは今、シニア事業の専門家としての知見を持った人材の育成にも深く関わっている。なぜ、シニアビジネスに関わる企業は「シニア事業専門家」を求めているのか。また「私と出合った派遣社員はラッキーです」と語る村田さんに、派遣社員および人材派遣に関する考えなども聞いてみた。(インタビュー・構成 伊藤秀範)

企業が欲しがる「シニア事業専門家」

東北大学の精鋭教授陣が講師を務める「東北大学スマート・エイジング・カレッジ東京」第4期がこの4月から開講している。シニアビジネスへの関心の高まりから年々、参加企業数も増加。加齢科学の知見をシニアビジネスの実践に活かすべく、大手有名企業を中心にさまざまな業界・業種の65社が参加するなど、異業種交流会の趣も。副校長を務める村田裕之さんに、同カレッジになぜ、多様な業種の企業が参加するのか?について、まずは聞いてみたい。

今年度の東北大学スマート・エイジング・カレッジ東京は、事業支援カレッジという従来からの役割に加えて、シニア事業専門家「エイジング・サイエイティスト」の養成という役割も新たに打ち出しています。

なぜそうした専門家の育成を掲げたのかといえば、企業経営者が今、非常にそうした人材を欲しがっているとの確信があったからです。実際、それは参加企業の反響からも読み通りでした。参加企業の多くはイノベイティブなサービスや商品開発に定評のある企業が中心です。

今回、エイジング・サイエイティスト養成を打ち上げた理由をお話ししましょう。シニアビジネスといっても、今はかなりの部分が健康支援ビジネスに向かっています。なぜかといえばシニアの三大不安は健康不安、経済不安(お金の不安)、孤独不安ですが、経済不安は病気や要介護になると医療・介護にお金がかかることへの不安です。だから、健康維持が一番重要です。そのために必要なお金を費やすからです。

こうした背景からシニアビジネスの多くは健康支援ビジネスにどんどん向かっています。しかし、それを自社だけでやろうと思ったら、かなり大変です。例えば、認知症改善・予防ビジネスに取り組むなら脳科学の知識が不可欠です。また、心理学や認知神経科学も知らないといけない。さらに、経済学や医療・介護の知識も必要です。

これらを一人で勉強しようとしても、とても大変です。SAC東京では、こうした様々な分野の加齢科学の知見がワンストップで学べます。月例会には多くの異業種企業の受講者が集まり、お互いに刺激しあいながら一緒にそれらを学びことができます。

身体や心の変化への理解はあるか?

では、そもそもなぜ今、参加企業は加齢科学の知見を持ったエイジング・サイエイティストが自社に必要であると考えるのか?

例えば介護事業者で今、新たに健康をテーマにシニアビジネスを考えている企業があったとします。その場合、まずはシニアのことをよく理解している人材が必要です。

具体的には人間は加齢とともに身体のどの部分がどのように変化していくのか、の理解です。介護サービス事業所で働いている人であっても、意外とこれが分かっていない人は多いのです。

そうしたフィジカルな身体変化に関する理解以外に、メンタル、つまり加齢に伴い人の心理状態がどのように変化していくのかについての理解も必要です。

具体的な例を挙げると、定年で会社を退職すると、旅行に出かける人が多い。退職後の旅行というのはそれまで働き続けてきた自分へのご褒美でもあります。その後、旅行に行く目的はだんだんと変わっていくわけですが、なぜ目的が変わっていくのかについては、シニアビジネスに関わる人でもあまり理解をしていません。

それから小売りの世界に目を移すと、昨今はシニア世代の買い物弱者などもフォーカスされていますが、日用品であれば同じ品質のものなら安いもの、あまり無駄なお金は使いたくないというメンタリティが強いのもシニアの特徴です。

その一方で、百貨店などで結構な高額商品を購入するというのもシニアの特徴です。そうした一見相反するような消費行動がなぜ起こるのかについても、しっかりと理解してシニアビジネスを行っているところも、まだまだ少ないのが実情です。

そうした消費行動の理由をしっかりと捉えて、今はシニアにどういうものが求められているのかを考える。シニアビジネスに本格的に取り組みたいのなら、先ほどの身体の変化、心の変化の知見は実はとても大きなヒントにもなります。

また、シニア本人の行動の変化だけでなく、その家族の変化への知見も、シニアと消費の関係の理解を深めるための重要なポイントであるという。

シニア本人の家族の変化も重要ですね。例えば親が要介護になった、あるいは入院した場合もそうですし、子供がまだ学校に通っていてお金がかかっているのかそれとも自立しているのか、あとは配偶者の健康状態など。これらによってもお金の使い方が変わるわけです。

こういうことを全体包括的に理解した上でシニアビジネスというものを考えないといけない。現状ではそこまで守備範囲の広い人は、世の中にそんなにいるものではありません。だから、エイジング・サイエンティストが求められるのです(笑)

育成を阻む「分業の病」

会社の中で一番そうした守備範囲が広いのは「経営者です」と村田さん。その意味では経営者こそがエイジング・サイエイティストの知見を学ぶべきではあるが。

しかし経営者は忙しい。それをすべて自分で理解して実践することはできません。すると部下に対して『君はここをやって、あなたはこれをやって』という形で、段々と機能分化が進み、分担制にならざるを得なくなります。

しかし、多くの部下は自分の担当のところだけで最適化しますから、自分のところの理解は深まる分、その他は見えにくくなります。

これは業界単位であっても同じです。職場での立場が下に行けば行くほど、機能分化の末端として自分のところだけをやり、視野が狭くなる人間が増えてくる。分業の病です。

自分の担当はもちろんしっかりとやらなければいけないですが、プラスして自分の領域を超えた広い視野と知見に対する嗅覚が必要なわけです。

残念ながら世の中はどんどん短期勝負に向かっています。経営者自体が短期的になってきています。SAC東京を利用して社内にそうした知見を持つエイジング・サイエイティストを育てたいというニーズの増加とは対照的に、そうした流れも一方では強まっています。

求められる3つの資質

東北大学スマート・エイジング・カレッジ(SAC)東京で得られる知見は、「生体防御システム研究」「生体予測医学研究」「認知脳機能研究」「人間福祉工学研究」「加齢経済社会学研究」の5つの最先端の生命科学・加齢科学研究がベースとなる。エイジング・サイエイティストとして必要な知見は、これらの研究部門の教授陣によって受講者に提供される。ただし、村田さんはエイジング・サイエイティストになるためには、ある資質が必要だという。

エイジング・サイエイティストに求められる資質というのは3つあります。一つ目は異なる分野の知見からヒントを見出すこと。二つ目は得たヒントを事業に統合的に応用すること。そして三つ目が科学的な物の見方・考え方を心がけること、です。

分かりやすい具体例を挙げましょう。例えば川島隆太教授の認知脳機能研究の講義を受けた介護事業者の人が、高齢になると人は怒りっぽくなり、これを改善するには脳の処理速度を向上する脳トレをするのが有効であるという知見得たとします。

その介護事業者が運営するデイサービスの利用者の中には、いつも怒りっぽくて、文句ばかり言うシニアの人がいる。この人に脳トレをやってもらったところ、3ヵ月後には以前のように文句を言わなくなり、リハビリにも熱心に取り組むようになり、要介護度が改善した、という例があります。こうした例などが加齢科学の知見を『統合的に応用する』ということです。

ただし、その時に重要なのは3つ目の『科学的な物の見方・考え方』です」

脳トレもどき氾濫で介護現場の疲弊も

実は今、デイケアなどの介護の現場では脳トレもどきが数多く存在しています。利用者の大半が脳トレだと思っているだけで、実は脳トレにはなっていない。脳トレの効果が科学的に何も検証されていないトレーニングが目につきます。こうした例では、当然、効果も出ませんから、取り組んでいる介護スタッフは疲弊していきます。

厚生労働省は今後、そうした科学的なエビデンスもなく効果も明確に出ていないものには、介護報酬の加算を付けない方向性も示しています。

科学的なエビデンスはあるか?

では、具体的に科学的なエビデンスのある脳トレであるかどうかの検証はどのように行えばいいのか。村田さんはその一例として東北大学と日立製作所(現・日立ハイテクノロジー)が産学連携で開発し、すでに商品化もされている超小型NIRS(近赤外光計測装置)を使ったニューロマーケティングのケースを例に挙げた。

従来のNIRSの場合、人間の頭に多数のセンサーを付けて脳活動の計測をしていました。しかし、計測装置が大掛かりで、センサー群から計測装置まで太いケーブルがつながっており、ラボでしか計測できません。

現在はその超小型タイプを産学連携で開発し、ヘアバンドのような超小型の計測装置を付ければ、ケーブルもなく、スマートフォンで計測できます。

これを使うといろんな商品やサービスの開発にエビデンスを取って応用できます。例えばテレビCMの製作の過程において、現場からA、B、Cと3つの企画案が出されたとします。この中で果たしてどれが一番、シニア視聴者の受けがよくヒットしやすいのか。その判断をする際に、従来は権限のある人の好みや当てずっぽうという不確かな方法で決めるケースが多いです。

しかし、そこには説得力のあるエビデンスはありません。これに対してA案、B案、C案のそれぞれの映像を見ている潜在ターゲットユーザーの頭に、先の超小型NIRSを付けて、前頭葉の反応からどの案が最も好感度が高いかを見極めることができます科学的なエビデンスの裏付けもあり、CMがヒットする確率も当然上がるわけです。

こんなスタイル(の受講)はやめましょう

この「脳の反応から好感度を見極める」というエビデンスは、おそらく派遣スタッフや人材紹介の候補者との面談、カウンセリングなどにも有効活用できるのではないか、と思われる。それを村田さんに問うと「おっしゃる通り」の回答。法人を対象とした東北大学スマート・エイジング・カレッジ東京はこれまでに4期開催しているが、過去に人材派遣事業者は「一社も受講実績がない」という。ちょっと残念なデータではある。ところで、月例会では、受講生に対して村田さんは「こんなスタイルはやめましょう」と、次の3つの受講スタイルを挙げている。その3点とは、月例会の講義を聞いて①「これは自分には関係ない」と決めつけること、②「自分のビジネスと関係ないな」と思い込むこと、③「上司に行けと言われた」ので仕方なく来ること――である。

一つ目の『これは自分には関係ない』と決めつけるのは、まさしく分業の病です。特に分担制の職場で自分の担当業務が明確な人は、今日のこの話は自分には全然関係ないな、と思い込みがちです。しかし、そんなことはないのです。必ずどこかに接点があります。なぜならシニアビジネスというのはエイジングビジネスの度合いが強いですから、いろんな知見を総動員して総合的、包括的に見なければ分からないことも多いからです。

二つ目の『自分のビジネスと関係ないな』と思い込むケース。月例会の内容から『これはうちの会社のあの部門が担当しているテーマだから、私には直接は関係ない』と受け止める人がいますが、そうは決して思わないということです。

それから三つ目の『上司に行けと言われた』ので仕方なく来たというのは、代理で受講に来られるケースに多く見受けられます。しかし、上司があなたに行けと言ったことには必ず意味があると思うのです。その意味をよく考えなさいという話を私はします。

実際、最初のオリエンテーションで私がこの話しをするだけで、月例会の生産性が高まっています。それは月例会後に提出してもらうリポート内容からも実証されています。

異業種コラボの機会に

SAC東京に参加することのもう一つの大きな魅力として、65社の多様な異業種企業の人たちとの交流、さらにコラボの機会なども挙げられよう。

月例会では毎回、講師が60分間の講義を行い、その後に私がアイスブレイクと称して内容の解題と整理をします。休憩を挟んでからは参加者を5~6のグループに分けてグループトークを行います。

異業種の参加者どうしが先の講義内容について疑問点を出し合い、その後、グループ単位で講師に質問をします。参加者はこれがとても刺激になるといいます。実際、これがきっかけになって『何かコラボをしましょう』という話もよくあります。

受講者の脳機能にも変化が

本人にとっては武者修行的な越境学習的な要素もありそうだが、実はその効果を示したエビデンスもあるという。東北大学スマート・エイジング・カレッジが、個人を対象に仙台で開催されていた頃、受講生自身が半年に1回、自らの認知機能の変化を確認するための検査も実施していた。その検査結果とは――

上は80歳代から下は30歳代まで、受講者の認知機能は見事に向上していました。それはそうなのです。まず、カレッジの講義に参加することが大きな認知刺激です。加えて他の受講者や講師とディスカッションしたり、交流したりすることで社会性が培われます。当然ながら認知機能は向上します。高齢の人にとってはカレッジにやってくること自体が大きな刺激になるのです。

「私は派遣だから」はもったいない

さてここで話題を変えて、シニアビジネスの第一人者である村田さんには現在の人材ビジネスがどう映っているのかを少し聞いてみたい。

これからの人材ビシネスは、派遣先から求められたスペックを基にそれに合う人材を見つけてマッチングするというだけではなく、派遣先が求める人材に対する教育支援において、もっと踏み込んだサービスが求められていくと思います。なぜかといえば、私の事務所でもよく派遣社員には働いてもらう機会があるからです。

人材派遣というシステムは私もよく理解しているつもりです。その上で私はあえて私のところに来てくれた派遣社員にはよくこんな話をします。『あなた自身の能力の限界を自らつくらないほうがいい。私は派遣だから、時給いくらで働いているのだから、これだけの仕事をやればいいというメンタリティで仕事をするのはとてももったいないよ、と』。

派遣社員にこんな話をする派遣先の経営者は極めて稀だとは思います。人材派遣会社からすれば、そもそもそういう発想のビジネスではない、とも映るでしょう。ただ、本当の経営者なら、誰もが優秀な人材を育てたいと思うはずです。そして、優秀な人材が派遣社員として目の前に現われたら『あなた、ウチの社員にならないか?』と声をかけるはずです。間違いなく。

私のところに来てくれた人の中でも、これはと思う人には、その後、私のところから離れるという前提であっても、ここで学んだことは絶対に無駄にならないようにするための接し方をしています。

この職場にいると自分が成長できる

その村田さんのスタンスに対して、中には「それは小規模な事業所だからこそ、派遣スタッフにもそうした接し方ができるのではないか」という見方もあると思われる。それに対して村田さんはさらにこう続ける。

小所帯であっても、大所帯の事業所であっても、そこで働いている人が『この職場はいいなぁ』と思う理由はたった一つです。それは、この職場にいると自分が成長できると思えるかどうか、です。正社員でも、パートタイムでも、派遣社員でもそこは同じです。

なぜ、介護現場で働く人たちの半分以上が2年以内に辞めていくのか。その理由は過酷な仕事内容、待遇面への不満ばかりではないのです。

同じ介護現場で働く上司や経営トップなどが、なぜわれわれはこの仕事をやるのか?この仕事をすることにどのような意味があるのか?そして自分が関わることにどんな価値があるのか?などについて、おそらく何も話してくれない。そういう現場が多いからだと私は思います。

なぜ、そういう話を部下にしないのか?その上司や経営トップの多くも、実はそういうことを深く考えずに働いているからです。

もちろん給料の額も大事です。でも給料の額以上に大事なことがあるのです。『ああ、この職場で働くことにはやりがいがある』と。このやりがいとは、今、ここで自分が費やしている時間の切り売りではない何かを仕事で得られているかどうか。ここだと思います。

これはあらゆる業種、あらゆる年齢層にいえることです。シニアの活用の場合はお金よりも、こうした価値が重要ではないでしょうか。『ここにいると、自分は皆から頼られる、感謝される』。そういう思いが実感できるのなら、彼らは本当に喜んで働きますからね。

東北大学スマート・エイジング・カレッジ東京

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