保険毎日新聞 連載 保険業界はシニアシフトにどう対応すべきか?第1回  

人口動態2010いま、「シニアシフト」の流れが、あらゆる産業に加速度的に広がりつつある。シニアシフトには2種類ある。1つは、「人口動態のシニアシフト」。これは人口の年齢構成が若者中心から高齢者中心へシフトすることだ。もう1つのシニアシフトは、「企業活動のシニアシフト」。これは企業がターゲット顧客の年齢構成を若者中心から高齢者中心へシフトすることだ。

 

昨年あたりから目立ってきたのは後者だ。私が知る限り、この「企業活動のシニアシフト」が最も先鋭化している国は日本である。高齢化率世界一の日本でも、これまで「人口動態のシニアシフト」が進行していたにもかかわらず、「企業活動のシニアシフト」は、一部の企業と業種を除いて取り組みが遅れ気味だった。それが、ようやく本気モードになってきたのだ。

 

なぜ、いま、さまざまな産業で「企業活動のシニアシフト」が起きているのか。実は、2012年は、団塊世代の最年長者である1947年生まれが65歳、つまり定年に達した年なのだ。以降人数の多い団塊世代が徐々に定年を迎え、今度こそ大量の離職者を対象とした新たな事業機会が生まれるとの期待感から一種のブームになっている。このことが理由の1つであるのは確かだ。

 

しかし、これだけがいま起こっている産業界全体のシニアシフトの大きな流れの理由ではない。実は、5年前の2007年にも「2007年問題」と呼ばれ、似たようなブームが起きた。ところが、今回の動きは5年前の一過性のブームとは大きく様相が異なっている。それは、企業におけるシニアビジネスへの取り組みが本気になってきたこと、取り組む企業の業界が多岐にわたっていることだ。

 

だから、こうしたシニアシフトの流れは保険業も例外ではない。すでに多くの保険会社がシニア向けの保険商品を新規に開発・販売しているのは、本紙の読者であればご存知のとおりである。しかしながら、現時点ではそのほとんどは、医療・介護・年金などの国の社会保障制度を補完する性質の商品にとどまっている。

 

homai1304一方、保険以外の分野に目を向けると、「人口動態のシニアシフト」に伴い湧き出た顧客ニーズに対応した新商品・サービスが続々と登場している。

 

シニアシフトへの対応をいち早く実行している業界の一つは、コンビニ業界だ。従来、コンビニは「近くて便利だが値段が高い」というイメージが強く、主な顧客層は長い間若い男性で、シニアや女性は少数派だった。

 

ところが、ここ数年シニアや女性の来店者の割合が増えている。国内コンビニ最大手セブン‐イレブン・ジャパンの来店客(1日1店舗当たり平均客数)の年齢別構成比の年次変化を見るとそれがよくわかる(図表1)。

 

1989年度には30歳未満が63%、50歳以上が9%だったのが、2011年度には30歳未満が33%、50歳以上が30%となっている。30歳未満の割合がほぼ半分になったのと対照的に、50歳以上の割合が3倍以上に増えている。こうした「企業活動のシニアシフト」にいち早く取り組んだ結果、セブン‐イレブンも、ローソンも近年は毎年最高益を更新し続けている。

 

また、大手スーパーにおけるシニアシフトの動きも活発だ。イオンやイトーヨーカドー、ダイエーなど大手スーパーは、従来品揃えの豊富さを売りにするために売り場の広い大型店舗で事業展開してきた。品揃えの豊富さと規模の経済を追求するために、店舗規模を徐々に大型化し、土地コストを下げるために徐々に郊外のロードサイドに出店するようになった。

 

ところが、こうした郊外の大規模店舗は、シニアにとっては行きづらい場所になる。高齢になるにつれてクルマの運転をしなくなり、足腰の衰えに伴って自宅からの行動範囲が狭くなるからだ。

 

また、店舗が広いと欲しい商品を探すのにいちいち長い距離を歩く必要があり、疲れる。すると、店舗の広い大型スーパーに買い物に行くのがおっくうになる。高齢化の進展とともに大型スーパーからシニア客が徐々に遠ざかっていったのだ。

 

こうした状況に陥った反省を踏まえ、スーパー各社では2011年あたりからようやくシニアシフトに本腰を入れるようになった。シニア客に好まれる売り場、商品、サービス開発などにおいてさまざまな取り組みがなされるようになった。

 

これらの取り組みの結果、店舗では車椅子でも十分通れる広い通路、歩行に難のある人でも乗りやすくした速度の遅いエスカレーターの導入、途中で休憩できる椅子の設置が進んだ。また、文字が大きく見やすい価格表示、欲しい商品が探しやすく、取りやすい棚の導入なども進んだ。

 

一方、「リカちゃん人形」といえば、子供向けの着せ替え人形の代名詞としてご存じの方も多いだろう。1967年(昭和42年)の発売以降、累計出荷数が5000万体を超えるロングセラー商品だ。そのリカちゃんファミリーの構成は長い間、小学5年生の香山リカちゃんを中心に、パパ、ママ、姉、妹、弟、いとこ、そしてペット。典型的な核家族だった。

 

ところが昨年年4月、このリカちゃんファミリーに「おばあちゃん」が登場した。年齢は56歳。この歳に設定したのは、リカちゃんを発売した1967年当時、メインターゲットだった11歳の女の子が2012年に56歳になるためだ。共働き世帯の増加で母方の祖母が孫の世話をするケースが増えており、発売元のタカラトミーには、リカちゃんシリーズの購入者から「孫と遊ぶ時に自分(つまり、おばあちゃん)役の人形があるといい」などとの声が寄せられていたという。

 

ゲームセンターも、もはや若者だけが行くところではない。ゲームソフトメーカー大手のカプコンは、昨年年4月に20店のアミューズメント施設「プラサカプコン」でシニア向けの「ゲームセンター無料体験ツアー」を初めて開催し、延べ330人を集めた。一部店舗では50歳以上の会員向けに現金と引き換えに渡すメダルの量を2割増やすサービスを始めたところ、6月時点で1200人を超える会員が集まった。

 

カラオケ店も、もはや若者の場所ではなくなっている。それどころか、平日昼間はむしろシニアが主要顧客になりつつある。業界最大手のコシダカでは、平日昼間は来店客の多くが60歳以上のシニアで、店舗によってはシニア客の割合が6割を超えるところもあるという。

 

言うまでもなく、保険業は政府による規制が強い分野のため、他分野に比べて新商品・サービスに対する制約は大きい。しかし、時代はますます異分野どうしの連携や複合化の方向に向かっている。保険業でも今後は医療・介護・年金と言った社会保障補完型の商品に留まらず、保険以外の分野との連携や異業種との複合型の商品・サービスの開発が間違いなく必要になるだろう。そのためのヒントを探るのが本連載の目的である。

 

 

シニアシフトの衝撃

 

保険毎日新聞社