不動産経済 連載シニアシフトの衝撃 第8

自工会_いきいき運転講座_2増える高齢契約者と認知症

 

シニア層は若年層に比べ、とりわけ健康不安と経済不安が強い。このため、60代になって退職をきっかけに死亡保険を解約する代わりに、医療保障や介護保障に加入する例が多い。

 

また、かつてアリコ(現メットライフアリコ)が「はいれます」という50歳以上でも加入できると保険商品を発売して以来、各社が追従した結果、シニア層の保険契約者が著しく増えた。

 

しかし、その結果、保険会社はいま新たな課題に直面している。保険契約者の高齢化が進み、多くの契約者が認知症になりつつあるのだ。本人による対応ができなくなり、トラブルが増えている。

 

たとえば、本人に代わって保険会社に連絡してくるのが親族や介護事業者のヘルパーさんだったりする。なかには、遺品回収業者から連絡が来ることもある。

 

こういう場合の問題は、連絡者が契約者になりすましてきたり、親族でも契約者自身の意志と関係なく連絡してくる場合があることだ。これに対応して現場では支払いの過程で本人確認などの作業が増えている。こうした作業負担が増えると、保険会社にとってはコストアップ要因となり、看過できない。

 

当面は、このようなコールセンターや支払過程での審査の厳密な手順などで対処することになる、しかし、今後高齢契約者のさらなる増大が見込まれるため、さらに突っ込んだ対策が必要となる。

 

自工会による「いきいき運転講座」の開発

 

日本自動車工業会(自工会)が2004年から取り組んでいる「いきいき運転講座」は、高齢ドライバーの運転能力そのものを改善するプログラムである。このプログラムは、4つの「交通安全トレーニング」と「交通脳トレ」を組み合わせ、効果的に安全運転能力、安全意識と脳機能を高められる内容となっている。

 

開発に当たっては、認知症改善効果が科学的に検証されている学習療法を考案した脳トレの権威である東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授が監修しているほか、警視庁や社会学など多くの分野の専門家が参加している。「いきいき運転講座」のトレーニング内容は次の通りである。

 

1.      交通安全トレーニング

(1)  「いきいき運転・いきいき生活」…いきいき運転といきいき生活をテーマに話し合っていただき、知識を交換することで、安全行動と安全意識の向上を図る。

(2)  「危険予知トレーニング」…運転席から捉えた交通場面の写真を見ながら、どこに危険がひそんでいるか話し合い、運転に大切な危険予知力を高める。

(3)  「ヒヤリ体験を生かす」…参加者の居住地域の地図にヒヤリとした交通体験を書き込み、原因や対応を話し合い、地域の危険箇所やヒヤリを防ぐ方法を考える。

(4)  「自分の運転を振り返る」…ビデオで撮影した他のドライバーの運転行動を観察して、問題点を話し合うことで、自分の運転を改めて振り返り、運転能力、注意力を高める。

 

2.      「交通脳トレ」

 

簡単な計算、音読、文字ひろい、間違い探しを実施することで、基本的な脳機能と交通の危険を察知するために使う脳の働きを高める。

 

交通安全トレーニングの各科目には3つのレベルがあり、グループリーダーのもとで、ワークシートやディスカッションを中心に進行する形式で、参加者の希望や必要に応じて異なる効果を持つトレーニングを選択し、取り組める構成となっている。

 

これからは保険会社が認知症予防プログラムを提供する時代

 

先の「いきいき運転講座」は非常によく練られているのだが、課題はこれを事業として継続的に推進していく統一組織が今のところ存在しないことだ。ある地域では自動車販売会社が行ったり、ある地域では自治体の要請で自動車運転教習所が行ったり、といった具合だ。また、講座の認知度が低く、その価値が一般にはまだ知られていないため、参加者が少ないのも課題だ。

 

しかし、実際の参加者からは『最初に「交通脳トレ」+「危険予知トレーニング」をやると聞いた時は、難しそうで困ったと思いましたが、間違い探しやグループ内での意見交換や発表など大変楽しく勉強できました』といった肯定的な声が多く聞こえてくる。つまり、実際に体験すると、その有効性を納得するのだ。

 

「いきいき運転講座」は、高齢ドライバーの運転能力を向上するためのものだが、実は脳トレをきちんと行うことで、クルマの運転以外の日常生活においても認知能力を維持向上できることがわかっている。

 

先に挙げた学習療法は、健康な方の脳機能維持・認知症予防を目的としたプログラム「脳の健康教室」として、全国の自治体約400の会場で、5000人以上の方が取り組み、脳機能の維持・認知症予防に役立っているからだ。

高齢契約者を多く抱える保険会社は、「いきいき運転講座」や「脳の健康教室」への参加を今後保険サービスの一環として提供することが有用だろう。重要なのは、こうしたサービスが単なるコストではなく、高齢契約者の認知機能を維持向上できることで、トラブル予防と契約期間の延伸、つまり売り上げ増に結び付く戦略的投資になることだ。

 

 

参考文献:成功するシニアビジネスの教科書