古希を生きる② 生涯現役であるというプライドの意味

解脱3月号 連載 スマート・エイジングのすすめ 第3

 

解脱表紙150302前回同様「Mr.古希」という出版プロジェクトでの入選作品をご紹介しつつ、歳を重ねるエイジングの意味を考えます。今回の作品は、鈴木惣市さんの「プライド」です。

 

鈴木さんは、ある時、親しくしていた先輩と会った。その方は60歳で会社を退職して三年は経っていたが、生気のない別人になっていた。鈴木さんは自分と重ね合わせ、強い恐怖感を覚えた。

 

鈴木さんの母の遺言は「働くのが嫌になったら死ぬ」だった。大学の学費を出してもらった高校の恩師に卒業後、返済の相談をした時、「その心配は無用。その代り死ぬまで働いて人の役に立て」と言われた。

 

当時設計会社に勤めていた鈴木さんは、生涯現役でいるためには定年のある今の勤務先ではなく、定年のない自分の会社が必要だと思っていました。そんな時、37歳で亡くなった妻が夢に現れて後押しをしたのです。「子供達も成長したし、もう自由になって思うがままに生きたら」と。

 

これが鈴木さんを決心させ、52歳になる頃、勤務先の設計会社を退職し、平成124月に自分の会社を立ち上げました。新会社の主たる業務は土木設計業務と有料老人ホーム建設・運営。最初の仕事は土木施工技術研修の講師で、半年間一日6時間の講義を第一線で活躍している土木技術者に対して行いました。

 

その後、会社設立の主目的の一つである有料老人ホーム建設・運営に携わった。しかし、工事着工後、建設予定地北側の住民から「日照権」で告訴されてしまいました。裁判には勝利したものの、時間と費用がかさんだうえ、入居予定者からの信頼も失ってしまい、悩んだ末に事業を断念しました。

 

解脱32p150302実は筆者も独立起業後の数年間、当時日本にない新型の高齢者住宅のプロジェクトに知恵も時間も情熱も捧げたものの、多くの理由で事業を断念した経験があります。このため、鈴木さんの事業に懸けた思いとそれを断念せざるを得なかった時の無念さは、よくわかります。

 

50代を過ぎてからの起業での挫折は、さまざまな思いを抱かせます。「起業などせずに、定年まで前の会社に勤めていた方がよかったのではないか?」「あの事業パートナーと組んだのが事業失敗の原因ではなかったか?」など、ネガティブな理由づけに走りがちです。

しかし、鈴木さんはその挫折にも関わらず、次の事業に挑戦しました。老人ホーム計画地の南側にあった寮が売りに出されたので即時に購入し、「日帰り温泉 都の湯」(都は鈴木さんの会社名)を開業したのです。

 

鈴木さんはこの事業に全財産を投入し、借金もしました。幸運だったのは、挫折した老人ホーム事業のパートナーだった方が多額の出資をしてくれたことです。日帰り温泉は開所後、9年になり、鈴木さんの長男・長女を中心に運営しています。

 

鈴木さんは「今、何の後悔もない。人は働くことでしか生き甲斐を得られないことを知っているからだ」と述べています。そして、「生涯現役で頑張る姿勢こそが子供達に対する何よりの教え、それが自分のプライド」だと言います。

 

そこには亡き妻が一番気掛かりだった子供達への想いを自分が受け継ぎ、次の世代を担う子供たちにしっかりと伝えていくのだという鈴木さんの強い意志が感じられます。

 

愛する人の死の意味を、生涯をかけて問い続け、人間として成長を続けた鈴木さんの生き方は、これから第二の人生を迎える方に多くの示唆を与えてくれることでしょう。

 

 

スマート・エイジングという生き方

 

Mr.古稀

 

 

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