シニアビジネス成功の鍵は「3K解消」と「人間学」―「スマート・エイジング」で高齢者の消費変化に対応する

国内動向
人生100年時代の経営戦略

衆知 2019年1-2月号 特集「人生100年時代」の経営戦略

「上手くいっている時は運がいいと思え。上手くいかない時は自分が悪いと思え。」

経営の神様、松下幸之助が語った私の好きな言葉です。松下幸之助の教えや言葉を広く世の中に伝え続けているのがPHP出版。光栄なことに、そのPHP出版が発行する経営者向け雑誌「衆知」の特集「人生100年時代」の経営戦略に私へのインタビューを基にした記事が掲載されました。上記目次と次のリード文が6ページに渡る記事内容を示しています。以下に全文を掲載します。

「シニア向け」「団塊向け」と謳った商品がなぜか売れない。そんな声がよく聞かれるが、そこには高齢者の真のニーズを見誤り、画一的なマーケティングで商品の開発と販売を行なってきた企業の姿勢がある。シニアビジネスを長年実践してきた村田氏は、高齢者が年齢を重ねるにつれて起こる様々な変化に賢く対応する「スマート・エイジング」の考え方こそが、シニア消費の動向を見通す指針になると説く。そこで、企業の成功事例も紹介しながら、シニアビジネスの要諦について語ってもらった。

マス・マーケティングの成功体験を捨てよ

現在、超高齢社会を迎え、企業が様々なジャンルでシニア向けのビジネスに取り組んでいます。しかし、目立つ成功例はそう多くないのが現状です。その最大の理由は、市場の性質が高度経済成長期と今では全く異なるということが挙げられます。

高度経済成長期はモノが不足していたので、何かつくればそれで大量に売れました。なかでも典型的なのは住宅や車です。家が足りなかったので住宅を分譲すれば飛ぶように売れました。車もトヨタ「カローラ」、日産「サニー」などの大衆車が大量に売れ、それほど多くの車種を作る必要のない時代でした。

でも今は、例えばマンションを建てても、似た物件はいくらでもあり、値段を下げても他社も下げてくるので、質と価格の両面で常に競争しなければいけません。ところが、高度経済成長期の大量生産、大量流通、大量販売の成功体験を持っている経営者の多くは、個々のお客様のニーズにきめ細かく対応するのが苦手です。

しかも、最近のシニアの消費行動は多様化が進み「シニア市場」や「団塊市場」と一括りにできるマーケットは存在しません

現代のシニアを対象とする消費市場は、高度成長期に見られた画一的なマス・マーケットとは全く異なる「多様なミクロな市場の集合体」です。したがって、シニアビジネスに商機を求める企業は、まずはかつての成功体験を捨てなければいけません。

加えて、シニアは「お金持ち」というのも誤解です。資産も多くキャッシュフローも潤沢で、有名百貨店でよく買い物をするようなシニアは少数派。いざという時のために貯金などの形で多少の資産は持っていても、日々のキャッシュフローはそれほど多くないのです。

ですからシニアの大多数は、普段はなるべく無駄なお金を使わないようにしていて、スーパーにも「お買い得デー」しか行かないとか、目玉商品だけを買って帰るというぐらい、日々の生活では倹約志向が強いです。

シニアの消費は年齢では決まらない

シニア消費に影響する5つの変化

また、50代の人はこうで、60代の人はこうというように、シニア消費は年齢で決まると思っている経営者が多いのですが、それも誤解です。シニアの消費は「変化」で決まります自分や自分の周囲に何かの変化が起きた時に、新たなニーズが発生するのです。

その一つは「自分の体の変化」です。例えば、40-50代ではまだ若い頃の食欲が残っている一方で、基礎代謝は落ちています。運動不足な上に何かとつきあいも多いため、つい食べ過ぎてしまい「メタボ」になる人が多く見られます。

しかし、逆に70代以降では低栄養が問題になっていて、加齢や疾患で筋肉量が減少して筋力や身体機能が低下するサルコペニアになると、要介護状態に陥りやすくなります。そのため「高齢者ほど肉を食べた方がいい」と言う医師も少なくありません。

また、退職など個人の「ライフステージの変化」も大きく影響します。特に仕事を辞めると収入が激減するので、後述の「ダウンサイジング消費」が起こってきます。

そしてもう一つが、「家族のライフステージの変化」で、まず起こりうるのは親の介護です。また奥さんから見ると、旦那さんの退職は大きな変化である一方、奥さんの子育て終了という変化をきっかけに、旦那さんの消費行動が変わるということも当然あります。お子さんの就職や結婚、お孫さんの誕生もこうしたライフステージ変化の一つです。

これらの“変化”がシニア市場の動向を左右する大きな要因となっているのです。

「3K不安」の解消と「スマート・エイジング」

シニアビジネスの基本は、シニア消費者の「不」の解消です。「不」とは「不安」や「不満」「不便」を意味します。中でも健康不安、経済不安、孤独不安という「三大不安」が深刻で、私はこれらの頭文字を取って「3K不安」と呼んでいます。この三つの不安はそれぞれ密接に関わり合っていて、例えば病気になって動けなくなったらお金がかかり、孤独な生活を強いられます。

このように、年をとるにつれ、私たちの身体や心は様々な面で変化します。しかも、そうした変化は、私たちにとって辛いことが多いのが現実です。

だからこそ、変化に賢く対応する生き方とは何かを考え続け、選択していくことが大切になります。ですから私は、いくつになっても成長できる「スマート・エイジング」の考え方を提唱しています。

スマート・エイジングの4条件

「スマート・エイジング」のために必要な四つの条件は、脳を使う習慣、運動する習慣、バランスの取れた栄養習慣、人と交わる習慣、つまり社会性です。

退職するとこの四つの条件が次第に失われます。会社を辞めると家からあまり出なくなり、今日は一日誰とも話さないということも日常茶飯事になって社会性が低下します。

配偶者に先立たれると店屋物やコンビニ食ばかりになり栄養バランスが偏ります。家にこもり気味だと運動不足で足腰が弱まります。そして、家でテレビばかり見ているようになると、脳を使う習慣が減り、認知症予備軍になってしまいます。

こうした事態を防ぐには、シニアが社会とのかかわりを保てるような生活環境を整えることが欠かせません。逆に言うと、シニアに先の四条件を維持する仕組みを提供するサービスや商品が、企業にとって大きな狙い目になるのです。

フィットネスを美容から「30分健康体操」にシフト

例えば健康分野での成功事例としては、一回30分の女性専用フィットネス「カーブス」が挙げられます。元々アメリカで始まったサービスで、日本で事業を開始してから13年が経ち、1,921店舗(2018年9月11日現在)、会員数が約83万人まで広がりました。おそらく2019年中には、会員数が100万人に達するでしょう。

この「カーブス」の成功の理由は、大きく二つあります。

一つ目が、日本の中高年女性のニーズに応えるため、痒いところにまで手が届く工夫を凝らしてきたこと。例えば日本の中高年女性は主婦が多数で、日頃あまり外に出る機会がない人も多いので、フィットネスで体を動かす30分間だけ心が開放されるような場をつくることを心がけています。

当初は「女性だけの30分フィットネス」というキャッチコピーを使っていましたが、後に「女性だけの30分健康体操教室」に変えました。

ジムでは、会員の名前を呼ぶのも名字ではなくファーストネーム(下の名前)。エッセイ大賞をはじめ各種のコンテストやコンペを頻繁に行ない、会員のモチベーションの向上を図っています。

そして二つ目の理由が、日本人女性の健康リテラシー(理解力)の向上や健康意識の高まりをうまく捉えたことです。

一般のフィットネスクラブは、痩せたいとかスタイルをよくしたいという女性が利用することが多い一方、「カーブス」には「健康になりたい」とか「要介護状態になりたくない」「足の痛みを治したい」という女性たちが数多く訪れています。

最近特に注目されるのが、要介護認定を受けて介護サービスを利用した人が、そのサービスをやめて「カーブス」を訪れ、健康を取り戻すケースが増えていること。ある88歳の女性は、7年前には腰が大きく曲がり、「要介護度2」の認定を受けてデイサービスに通っていました。

ところが体の状態が一向に改善しないため、「カーブス」の会員である娘さんの勧めで入会し、筋トレを始めたところ、背中をしゃんと伸ばしてトレーニングをこなせるまでになったのです。

「カーブス」会員の中には、身近に要介護状態の人がいる方も多く、彼女たちは「自分は介護状態にならないようにしよう」という予防意識を持っています。要するに、介護予防が「自分事」になっているわけですが、こうした傾向は、日本でサービスを開始した13年前頃にはあまり見られませんでした。

その意味で、「カーブス」が成功した大きな理由は、時代の変化の波にうまく乗ったことにあると考えられます。これは新規事業を行なう際に重要なことで、早すぎても駄目ですし、遅ければ厳しい競争にさらされます。その点、「カーブス」は絶妙のタイミングで、これまでにないサービスを立ち上げたので、先行者利益を得たのです。

シニアの暮らしに配慮したリフォームが拡大

住宅もシニア需要が見込める有望分野の一つ。これまでは住宅分野と言えば、若い一次取得層向けの新規分譲が大半でした。

しかし、これだけ若年層人口が減少すると、新規物件を建てても簡単には売れません。そうなると中古物件の流通と、その前提となるリフォーム市場が盛んになっていくことは、ほぼ間違いないでしょう。

こうした中、ハイアス・アンド・カンパニー(本社・東京都品川区)という東証マザーズ上場企業が手がける「ハウスINハウス」のように、断熱パネルを床・壁・天井に貼り、家を壊さずに短期間でリフォームが可能な「断熱リフォーム」も出てきています。

2018年の夏は猛暑に襲われ、室内で熱中症になる高齢者が相次ぎました。エアコン代などの冷暖房費を節約できる断熱リフォームの需要は、シニア世帯向けにも増えていくでしょう。

ほかにも「介護予防リフォーム」と「キッチンダイニングリフォーム」が、今後シニア世帯向けに伸びていくと考えられます。従来の介護リフォームはほとんどが、シニアが家の中で転んで怪我をしたり要介護になってから、家の中に手すりをつけたり段差をなくすというものでした。

ところが今後は、そうした事故や不便が生じないように、家の構造そのものを変えていく介護予防のためのリフォーム需要が増えていくとみられます。

また、子供も独立し、親御さんも亡くなり、夫婦二人暮らしになると、料理をする頻度が減ります。さらに配偶者に先立たれて一人暮らしになれば、料理をするのが非常に億劫になります。私たちの研究では料理をすることで脳が活性化されることがわかっています。

そこで、まずキッチンをリフォームして、ダイニングも綺麗にして「これなら堂々と友達を呼べる」という状態にするのです。すると、家に友人を集めて食事やパーティーをする機会が増え、料理をする機会も増えます。

その結果、コミュニケーション機会も増えるので、「スマート・エイジング」の必要条件の「脳を使う習慣」と「社会性」低下の防止になるのです。

シニアの生活向上から終活までをサポート

また家電分野では、パナソニックからモノを見る目の肥えた50代、60代の「目利き世代」に向けた「Jコンセプト」という家電シリーズが2014年に発売されました。

中でも「掃除機が重いと掃除をするのが億劫になる」という消費者の声に応え、本体重量が2キログラムと世界最軽量を実現した掃除機はよく売れました。

特に高齢の女性は握力も体力も落ちているため、長いホースがついた重い従来型の掃除機では引き回しが大変です。最近、自分を高齢者とは思わない、つまり高齢者意識が低い方が増えているので「シニア向け」とは謳っていませんが、この商品は実はシニアの女性向けにつくられたものです。

小売業でもあらゆる業態でシニアシフトが進んでいますが、中でもコンビニの取り組みが特筆されます。例えば、商品のラベル表示を大きくしている他、惣菜の少量パックを増やしたり、弁当も量を少なめにしたり、お酒もおつまみも飲み切り・食べ切りサイズにするといった小口対応が増えました。

加えてコンビニ大手のローソンは、通常のコンビニエンスストアの業務に加え、処方箋からの調剤と第一類を含むOTC医薬品(一般用医薬品等)の販売や、ICT(情報通信技術)を利用した健康相談などを行なう「ヘルスケアローソン」を一部展開中。

地域の人々に向けて健康プログラムを提供したり、専属スタッフによる介護相談を実施したりする店舗もあります。まだ試行錯誤の段階ですが、ドラッグストアでも「地域の健康相談ステーション」を目指し、似たような事業を始めようとしています。

もう一つ、先に触れた「ダウンサイジング消費」も大きなチャンス。ダウンサイジング消費とは、退職して収入が減った分、毎月の生活にかかるランニングコストを減らすために、それなりの高額出費を行なうことです。

例えば外車をやめて国産車にするとか、大型車をやめてハイブリッド車や軽自動車に買い換えるのが典型的なケース。携帯電話を格安スマホに換えたり、電気代と電話代をセット割引のプランに変更したりする、郊外の戸建て住宅を都心のマンションに買い換える、といった例がみられます。

加えて、ビジネス的にはある程度成功はしているものの、次の打ち手を模索している分野もあります。その典型が旅行業界で、例えばクラブツーリズム(本社・東京都新宿区)では「テーマ型旅行」を展開。旅行先で美容講座やエクササイズを体験できる、健康に絡めたツアーなどを実施しています。

同社は、樹木葬(樹木を墓石に代わるシンボルとする永代供養)をテーマにした都内周辺の霊園巡りや、「終活フェスタ」と海洋散骨を体験する「終活ツアー」を実施したことでも話題になりました。

2017年には終活事業を専門に行なう新事業「クラブツーリズム・メモリアル」を立ち上げ、バスツアーやホテルでの生前葬や自分史の作成のほか、相続遺言から遺品整理・生前整理、葬儀に至るまで、「人生のエンディング」のトータルサポートを行なっています。

シニア扱いするとビジネスは失敗する

一方、「シニア向け」や「団塊世代向け」を謳う商品には売れない例も多く見受けられます。以前、あるコンビニチェーンが、「少々値段は高くても団塊世代が食べたくなる弁当」を企画し、和食主体で栄養のバランスやカロリーに配慮した新商品を690円で販売したのですが、全く売れませんでした。

その第一の理由は、当時はコンビニに来る客層に団塊世代が少なかったこと。第二の理由は、安いものだと390円の弁当が並んでいる棚に690円の新商品を置いたので、値段の高さが強調され、多くの顧客に敬遠されたことです。

そして第三の理由は、「団塊向け弁当」というネーミングを打ち出したこと。つまり「団塊世代はこう」だと決めつける印象を与え、「自分は別に『団塊向け』の弁当なんか食べなくてもいい」という反発を団塊世代から招いたのです。

自分が高齢者だという意識が薄い人は、加齢にともなう身体の衰えが確実に進んでいる分、余計に精神的にはシニアだと扱われたくない気持ちが強いのです。そのため、他人に自分が団塊世代やシニアだというレッテルを貼られることを嫌がります。

「シニア向け」と大々的に謳ってうまくいくのは、美術館や映画館、電車の切符などのシニア割引きのように、経済的なメリットがあるものだけです。

シニアと密接な関係をつくり人間に対する理解を深めよ

先にも話した通り、シニアの消費は体や生活に変化が起きて初めて決まります。そのため、ある人が健康だった時に欲しいと思っていたものと、例えば不眠症に悩まされるようになってから「こんなものがないか」と探しているものは全く違います。

その意味で、最初だけマーケティングや市場調査を行なって、商品企画や開発・設計、製造に至る従来型の垂直分業は有効ではありません。

むしろ、高い頻度で観察を繰り返し、シニアの変化を敏感に知ることができる関係性を構築することが重要です。商品企画の担当者が顧客に頻繁に接し、コミュニケーションを重ねる方がベターです。

私は、シニアビジネスの成功の確率を上げるのは「人間学」だと思います。人間に対する理解が根本にないと、どんなビジネスも成功しませんが、とりわけこの分野は重要です。

人間に対する理解とは、例えば加齢に伴い、認知症を含めて体のどんな機能がどう変化するのかをきちんと理解することです。なぜ50代を過ぎると睡眠障害が増えるのか、それはどんなメカニズムによるものなのか、といったこともあるでしょう。

それから、配偶者との死別によってシニアの心や体にどんな影響が及ぶのか。最近ではペットを飼っているシニアも多いので、ペットロスについても理解しておく必要があるでしょう。

こうした人間に対する理解が、マーケティング部門や商品開発部門、設計部門、営業部門などを問わず広く浸透しなければ、シニアの琴線に触れる商品やサービスを作ることはできません。

大企業では「自分は設計だから」とか「開発だから」「営業だから」と、それぞれが自分の役割範囲を決めてしまうことが少なくありません。

飽和市場の中で多様化が進むシニアのニーズをつかむには、経営トップが意識を変え、従来の垂直分業型とは異なる全社横断型のモノづくりや売り方に挑戦していくことが何よりも重要なのです。

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