時間消費を勘違いするな  コト消費からモノ消費への正しい展開方法

保険毎日新聞 連載 保険業界はシニアシフトにどう対応すべきか?第7回

失敗しやすいシニア向けの「コト消費」ビジネス

百貨店やスーパーなど小売業を中心に、シニアの「コト消費」に注力する企業が増えている。

「モノ消費」とは、消費財などの「商品の消費」である。それに対して、「コト消費」とはモノ消費以外の目的による「時間の消費」だ。消費者にとっては、消費する時間が自分にとって何らかの価値があるかどうかが重要である。

ところが、商品・サービス提供者にとって重要なのは、消費者の「コト消費」機会を「モノ消費」機会につなげることだ。これができないと、「コト消費」機会が単なるコスト要因になり、事業が長続きしない。シニア向けの「コト消費」ビジネスにはこのパターンが非常に多いので注意が必要だ。

「コト消費」は「時間消費」とも呼ぶ。時間消費には「定住型」と「回遊型」の2つのタイプがある。「定住型」は特定の場所にとどまって、「回遊型」は複数か所を回遊して、それぞれ何かを行なうことで時間消費する形態である。

アメリカ・シカゴにある「マザー・カフェ・プラス」は、2003年に私が日本で初めて紹介したものだが、定住型時間消費の典型だ。ビジネスのコンセプトは、退職者向けの「第3の場所」。高齢者意識の薄いシニア向けに、アメリカ版の老人クラブであるシニアセンターに代わる新たな居場所を提供する点が受けている。

平場のラウンジは失敗事例の典型

これまで多くの日本企業が、マザー・カフェ・プラスを真似して「○○カフェ」や「××サロン」を立ち上げてきたが、ことごとく失敗している。その理由の1つは、カフェを平場のラウンジにしてしまうことにある。

平場のラウンジがダメなのは、広いスペースを使う割に、収益源が少ないからだ。そもそも平場のラウンジは人が集いにくい。人は周りに囲いがないところにはなるべくいたくないからだ。電車の席に座る場合も、端の席から順番に埋まっていき、真ん中は最後に埋まる。これと同じだ。

ちなみに、シニアや主婦に人気のコメダ珈琲のいいところは、内装が山小屋のような雰囲気で、きちんとボックスに分かれていて、溜まりやすいところだ。

そして、壁の部材がすべて木でできているので、しゃべり声が適度に反響して、ワイワイガヤガヤ感があることも重要だ。子供を連れていって、しゃべり声が多少うるさくても気にしなくて済み、主婦の人たちはおしゃべりに専念できる。カフェのような人の集う場所のデザインは、森のように隠れ場所がたくさんあったほうがいいのだ。

平場のラウンジに話を戻すと、こうしたラウンジでよく見られるのは、会員のおばさんが4、5人集まって編み物をしながらしゃべっている光景だ。利用者にとっては、タダ同然の費用で、家とは別のところで、似た者同士で交流できるので有益で楽しい。ところが、カフェ運営側にはほとんどお金が落ちない。その一方で家賃と光熱費がかかるうえ、スタッフも必要なので人件費もかかる。

このように、シニアの時間消費の場=カフェ・ラウンジというステレオタイプにこだわると失敗する。シニア向けカフェの大半は、顧客が長時間「滞在しているだけ」のものが多い。つまり、顧客が「時間消費」をしているが、「モノを消費しない」ビジネスモデルとなっているのだ。

時間消費が、購買意欲を促す仕掛けが必要

したがって、カフェ事業で利益を出すには「時間消費」という行為が商品・サービスの購買意欲を促す仕掛けが必要なのだ。そもそも、時間消費の場はカフェである必要はない。

さらに言えば、マザー・カフェ・プラスの運営会社マザー・ライフウェイズ社のメイン事業は、実は老人ホーム、デイケアセンター、訪問介護なのである。つまり、マザー・カフェ・プラスは、その見込み客の集客機能も担っている。だから、そもそもカフェ事業で大きな収益を上げる必要はないのだ。

こうした実態を知らず、たとえカフェ事業で利益が出なくても経営が継続できる体制を持たずに甘い収支計画で事業を始めてしまうと、事業立ち上げ後にすぐに行き詰まってしまう。シニア向けのコト消費の場は「カフェ・ラウンジ」という幻想を捨てたほうがよい。

時間消費が、モノ消費に結びつきやすい「回遊型」

時間消費がモノ消費に結びつきやすいのは、「定住型」よりも「回遊型」だ。この回遊型には「クローズ型」と「オープン型」がある。クローズ型はいったん店の中に入ると、外に出づらい構造のものだ。たとえば、スーパー銭湯、東京ディズニーランド、ハウステンボス、国立新美術館など大きな美術館は、みなこのタイプだ。

さて、スーパー銭湯で皆さんどうするかというと、まず風呂に入る。風呂に入れば喉が渇くので、ビールなどアルコール飲料を飲む。するとつまみを食べたくなり、食べるとますます飲みたくなる。腹が膨れると、休憩室で休憩したり、マッサージをしてもらったり、施設内の理髪店に行ったりする。それが終わるとまた入浴する人もいる。時間に余裕のある人は、このサイクルを1日に2回くらい繰り返す人もいる。

スーパー銭湯の収入源は、まず入館料。それに加えて石鹸やタオルなどの付帯品、入浴後の飲食、マッサージ、岩盤浴や加圧マッサージ、理髪店など。お1人様3時間程度滞在して客単価は3000~4000円くらいになる。居酒屋のようなところが併設されていれば、6000~7000円は超える。標準規模のところでは入場料は700円くらいだが、東京健康ランドのような規模の大きいところだと1800円程度する。

さらに飲食を伴うので、1回当たりの客単価は4000~5000円になる。シニアのなかには毎日来る人も結構いるので、週4日来店したとすれば、週に1万6000~2万円はお金を落とすことになる。

時間消費ビジネスの勘所は、連結連鎖と新陳代謝

私は、このようなビジネスモデルを「連結連鎖型」と呼んでいる。1つの消費をすると、それが次の消費を促す。これらを連結することで連鎖的に消費が発生し、時間消費がモノ消費に直結するのだ。

もちろん、水回り設備が多いのでそれなりの設備投資とメンテナンスが必要だが、稼働率がある程度上がれば、スーパー銭湯というのは実に効率のよい時間消費ビジネスだ。

もう1つ重要な点は、こうした連結連鎖が起きやすい理由に、時間消費のプロセスのなかに身体の新陳代謝が起きやすいプロセスが存在することだ。

汗をかいて、エネルギーを消費すると、水や食料を補給したくなる。何のわざとらしさも嫌味もなく、お金が落ちるモデルなのだ。このように時間消費ビジネスの勘所は、連結連鎖と新陳代謝にある。

以前、ある大手保険会社が外資系投資信託の会社と組んで、投信商品が一覧できる平場サロンを開設したことがあったが、しばらくして閉鎖になった。その理由はお分かりであろう。