スマートシニア・ビジネスレビュー 2003119 Vol.38

いろどりシニアビジネスというと大半の企業は、

経済的にも時間的にも余裕のある年長者に

何かを売ることを考える。

もちろん、そのための工夫を重ねることも大切だが、それだけでは不十分だ。

 

年長者の人たちを、単なるサービスの「使い手」として見なすのではなく、付加価値の高いサービスの「担い手」として見なす。

そのような発想と具体的な活躍の場づくりが求められている。

 

徳島県上勝町という人口2,229人の小さな町に

「株式会社いろどり」という第三セクターがある。

この会社は、地元産の柿の葉やもみじなどを

都市部の料理店向けに販売している。

 

これだけなら、地方によくありがちな

赤字の第三セクターの話に聞こえる。

 

だが、この話の要は、事業に取り組む

生産農家のほとんどが「高齢者」だということだ。

つまり、高齢者がサービスの「担い手」として

活躍している事業なのである。

 

といっても、自治体主導の高齢者福祉ではない。

ちゃんとした収益事業だ。

収益が上がるのには理由がある。

 

たとえば、生産農家の女性は、

83歳の人でも器用にパソコンを操作し、

自分の商品がいくらで売れたかを画面で確認し、

あすの出荷数量はいくつにしようかと工夫を凝らしている。

 

葉っぱの取り込み、箱詰めは精確で、きめが細かい。

葉っぱの質を上げるために、必要な木を裏山に自分で植える。

他の生産農家の出荷する商品もきちんと分析し、

より競争力の高い商品化を考える。

 

驚くことに成績のよい人は、

80歳代でも年収350万円は稼ぐ。

世の大半の80歳代の人が年金収入しかないのと対照的だ。

 

このような「優秀な」生産農家に支えられ、

会社もしっかり黒字を出し、毎年成長を続けている。

ちなみに四国には300の第三セクターがあるが、

その7割は赤字だという。

 

何よりも素晴らしいのは、

この事業に町の高齢者が参加したことで、

高齢者比率44.1%の町にもかかわらず、

町全体で寝たきり高齢者がわずか2名しかいないことだ。

 

高齢の生産農家が、自分自身で指先を動かし、

いろいろと頭の中に考えをめぐらせる。

そして、収穫に体を動かし、よい汗をかいている。

 

単なる無給のボランティアではなく、

多額ではないがちゃんと自分の収入になる。

しかも、工夫を凝らし、業績が上がれば、

実入りも増える。

 

このようなバランスのとれた就労機会が、

身体的な健康はもちろん、精神的な健康、

つまり「生きがい」つくりに大きな役割を果たしている。

 

似たような事例は、日本だけではない。

 

米国マサチューセッツ州ニーダム市に

ヴァイタ・ニードル社という会社がある。

この会社ではステンレス製の

ニードルと呼ばれる特殊な部品を製造しており、

最近はバイオ企業からの引き合いが多い。

 

実はこの会社も35人の従業員の

平均年齢が73歳という

「高齢者活躍企業」である。

 

だが、注目を浴びているのは、

単に高齢者主体の職場ということではない。

 

同社で製造するニードルの品質が極めて高く、

価格もリーズナブルで、納期も厳格なことから

業界での評価が高く、

競争力をもった優良企業だということだ。

 

高齢者主体の職場というと大した作業ができないと

思っているのは、明らかに若年者の偏見だ。

 

ヴァイタ・ニードル社の従業員は、

皆手先が器用で作業が正確なため、

製品品質が高く、製造ロスが非常に少ない。

 

また、勤務態度も極めて真面目で勤勉であり、

人格も優れた人が多い。

ほとんど腕利きの職人集団だ。

 

従業員には週37時間、つまりほとんどフルタイムで

働いている人も少なくない。

だが、人によって朝5時前に出社する人もいれば、

夜7時以降まで残る人もいる。

多様なシニアのライフスタイルにマッチした

柔軟な勤務制度も活力ある職場つくりに寄与している。

 

日本より先に製造業の空洞化が進んだ米国だが、

メイドインUSAで、高い競争力を持ち、

しかも、従業員のほとんどが高齢者ということが反響を呼び、

CBSやNBCなどのメディアによく紹介されている。

 

日本では、高齢者の求人倍率は0.05%程度で、

多くの人にとって再就職するのは極めて難しい。

 

一方、厚生労働省は、年金財政が逼迫し、

支給開始年齢を引き上げざるを得ないため、

65歳まで一律に定年延長を義務付ける制度を提案している。

 

年配者の就職機会を高めるには、果たして何が必要なのか?

それは、65歳までの定年延長制度の導入ではないと思う。

 

本当に必要なのは、「株式会社いろどり」や

「ヴァイタ・ニードル社」のような事業を

興すことのできる「起業家」だ。

 

いろどりの横石専務は、大阪の料理屋で、

隣の席で飲んでいた若い女性が、

食材よりも「つまもの」のもみじばかり

誉めていたのを聞いて、

「これは売れる」と直感したそうだ。

昔はただのごみだった裏山のもみじの葉っぱが、

今やドル箱商品に変わった。

 

また、ヴァイタ・ニードル社のハートマン社長は、

「脚光を浴びているバイオ産業では、

製造現場で利用する精密機器の品質が勝負になる」と考え、

付加価値の高いステンレス製ニードルに

商品ターゲットをおいたという。

 

時代の先を読み、身近な素材を活用して、

高付加価値で売れると思うものを商品化する。

そして、高齢者の潜在能力をひきだす

いろいろな工夫を凝らし、

リーズナブル価格で製造する。

 

このような才覚をもつ起業家の層が厚くなることこそが、

生きがいと高い生産性とを両立した

高齢者の就労機会を増やすことになる。

 

政府は、血税を一律にばら撒くようなことはせず、

このようなやる気と才覚のある起業家が、

事業を進めやすい環境整備にこそ注力すべきであろう。