変貌するAARPは何を目指しているのか

スマートシニア・ビジネスレビュー 2003413 Vol. 28

AARP_2AARPとは、アメリカの50歳以上の会員3千6百万人を有する世界でも他に例のない巨大NPOです。AARPは「社会福祉と商業主義とが混在した稀有な団体」といわれます。各種保険や旅行商品に関する全米最大の販売者としての顔もあれば、ワシントンで最も恐れているロビー団体としての顔もあります。

 

その規模の巨大さ、社会的影響力の大きさから日本の企業、NPOからも注目されており、AARPを訪問する外国人のうち最も多いのが日本人とのことです。しかし、そのわかりにくさから、多くの日本人が訪問しているにもかかわらず、活動の全貌を把握している人はきわめて少ないようです。

 

そのAARPが、この春から大きな方針変更を行いました。

 

AARP発足の45年前から発行してきた機関誌「モダン・マチュリティ」と、50歳代を対象に発行してきた雑誌「マイ・ジェネレーション」とを統合し、「AARP ザ・マガジン」としてリニューアルしたことです。

 

この方針変更が、コストダウンとともに急速に増えている「ベビー・ブーマー・シフト」であることは明らかです。その理由は、AARPイコール「高齢者向け団体」のイメージが強く、戦後生まれのベビーブーマーが、会員資格の50歳を過ぎても、加入しない例が急増しているからです。

 

実はAARP自らの調査で50歳台の人の80%が「Retired」という言葉を嫌っていることが明らかになっています。この結果を受けて、3年前には、もともとの組織名称American Association of Retired Persons の略語としてのAARPを正式な組織名称にしました。

 

このように「リタイアド」や「マチュリティ」といった従来型の高齢者をイメージさせる言葉を避けることで、新しい世代であるベビーブーマーの会員獲得を図ろうとしています。

 

しかし、今回の雑誌デザインの大幅な刷新には、単なるベビーブーマー対策にとどまらない深い意味があるように見えます。その理由は、特集のタイトルが「The Fearless 50(恐れることのない50歳以上の人達)」という日本人には聞き慣れない言葉だからです。

 

実はこのFearという言葉は、アメリカの過去の歴史的転換点で、何度か登場している重要な言葉なのです。

 

The Fearless 50 - The Most Innovative Americans over Fifty(最も革新的な50歳以上のアメリカ人)」に登場するのは、たとえば、フォーク歌手のボブ・ディラン、インターネットの女王エスター・ダイソン、パーソナル・コンピューターの父アラン・ケイ、エネルギー経済学者のエイモリー・ロビンス、映画監督のスティーブン・スピルバーグ、投資家でフィランソロピストのジョージ・ソロス、ナチュラル・メディスンの名著で知られる医者のアンドリュー・ワイルといった錚々たる人物ばかりです。

 

年齢もライオンキングのプロデュースで知られる50歳のジュリー・テイラーから91歳の現代彫刻家ルイーズ・ブルジョイスまで幅が広い。「最も革新的」というタイトルの脇には、Risk-taking(リスクをとった)、Quantum-leaping(大きな改善を行った)、Status quo-shaking(現状を打破した)、Mind-bending(精神性に影響を及ぼした)、Soul-stirring(魂を揺さぶった)、World-changing(社会を変革した)という言葉が添えられています。

 

これらの言葉での形容に値する実績を残した人たちを、現存する改革者として、The Fearless 50 と呼び、祝福するとともに雑誌の刷新の記念碑にしたわけです。

 

1929年の大恐慌時代に登場したフランクリン・ルーズベルトは、大統領就任演説で、次の言葉を語りました。

 

The only thing to fear is to fear itself.

(恐れなければならない唯一のことは、恐れるということ自体である)

 

株価が大暴落して、失業者が急増し、全ての策がうまくいかなくなると、人間は何か新しい策を打つことそのものを恐れるようになりがちです。そのような自身の恐怖心こそが最大の敵であることを戒めたのがルーズベルトでした。

 

また、1960年の米ソ冷戦の真只中に登場したジョン・F・ケネディが、大統領就任演説で、次の言葉を語ったことも有名です。

 

Let us never negotiate out of fear. But let us never fear to negotiate.

(われわれは決して恐怖心から交渉してはならない。しかし、交渉することを恐れてはならない)

 

軍事力、経済力、技術力で圧倒的に優位だと思っていたアメリカが、宇宙開発力や軍事力でソ連に追い越され、劣勢にさらされました。そのような時に軍備の増強と実力行使だけで対抗しようとするのが凡庸な指導者のやり方ですが、軍事力の重要性を十分理解しながら、対話による和解に挑戦したのがケネディでした。

 

両者の共通点は、どんなに困難な時でも「挑戦することを決して恐れてはいけない」ということを国民に熱く呼びかけたことです。

 

建国以来、挑戦し続けることで繁栄を築きあげてきた歴史をもつアメリカが、挑戦することを恐れ、放棄すれば、それは自分の国の存在意義を否定することになります。

 

Fearless という言葉には、そのような意味が込められています。そして、今回AARPが、その言葉を会員である50歳以上の人たちに向けたのは、「皆さん、年長者になっても、挑戦することを決して恐れてはいけない」というメッセージを贈りたかったのです。

 

年をとるにつれ、一般に人間は保守的になり、変化を嫌い、安楽に過したいと思う気持ちが強くなります。これはアメリカ人といえども同じです。

 

ジョン・F・ケネディの弟、ロバート・ケネディは、「若さとは、人生における一定の期間ではなく、心の状態である。それは意志の強さであり、創造力のたくましさであり、勇気であり、快楽よりも冒険を愛する心である」と語っています。

 

AARP ザ・マガジン創刊号は、快楽よりも冒険を愛する心、つまり、創造的な精神(creative spirit)こそが、どんな年齢においても人生を豊かにするということを、The Fearless 50に取り上げた人たちを通じて伝えようとしているのです。

 

これらを眺めると、AARPがいわゆる高齢者向けのサービス団体から、新たな方向に向かおうとしていることを感じます。

 

もともと退職した教職員向けの生命保険のディストリビュータからスタートし、会員の増大とともに、割安な旅行や生活用品のディストリビュータに変わりました。

 

次の段階として、「モノのディストリビュータ」ではなく、「"挑戦する精神"のディストリビュータ」への進化を目指しているように見えます。

 

私は、これからの時代には、この「精神のディストリビュータ」という機能が、AARPのみならず、年長者向けの商品・サービスを扱うほとんど全ての企業・団体に不可欠になると思うのです。

 

なぜなら、人は、「信念を持って語られた言葉」に触れた時、最も勇気づけられるからです。勇気が湧き起こった人は、それを精神のエネルギーとして、自ら新たな行動を起こします。そして、その行動の結果として、自然に消費も生まれていくからです。

 

身近な例で言えば、91歳でいまなお現役の医師である日野原重明さんの著書「生き方上手」は、発売以来版を重ね、120万部を超えるミリオンセラーとなりました。

 

出版不況といわれ、シニア本は売れないという出版業界の「常識」をひっくりかえす大ヒットになったのは、「生き方上手」というタイトルが「ネーミング上手」であったことでは決してありません。過去60年以上にわたり、延べ4千人以上看取ったという独自の体験から語られた言葉の力が読者の心を打ったのです。

 

そして、重要なことは、自分も何かに挑戦しようと動き出す読者が増えている事実です。新老人運動に参加する人。自己啓発プログラムに参加する人。語学の勉強を再開する人。自分探しの旅行に出かける人。

 

すべては、日野原さんの言葉に込められた挑戦する精神が、書物というディストリビュータを通じて、読者に伝わり、その人の心と化学反応した結果なのです。

 

この「精神のディストリビュータ」において重要なのは、ディストリビュータの仕組みでありません。ディストリビュートされる精神の中身そのものこそが最も重要なのです。

 

The Fearless 50の特集は、そのことを教えてくれます。

 

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