営利企業的「ソシアル・マーケティング」の時代

スマートシニア・ビジネスレビュー 2003324 Vol. 27

2コトラー_先日シカゴで開催されたNational Council on the Aging (NCOA) American Society on Aging (ASA)のジョイント・コンフェランスでは、多くの新しい出会いとともに、新しい動きに触れることができました。

 

なかでも頻繁に聞かれたキー・ワードの一つが、「ソシアル・マーケティング(Social Marketing)」。

 

この言葉自体は、70年代に有名なコトラーが使って以来存在するもので、政府、教会、学校、病院などの非営利組織によるマーケティングのことをいいます。

 

しかし、今回のコンフェランスで驚いたのは、エイジング分野の先進的なNPOが、営利企業向けのマーケティングの専門家を使って、テレビコマーシャルを製作したり、全米キャンペーンを行ったりする例が増えていることです。日本でいえば、たとえば長寿社会文化協会が、電通にテレビコマーシャルの製作を依頼して、全国キャンペーンを行うようなものです。

 

さらに興味深かったのは、コンフェランスの中で、NPOの人たちが、どのようにして効果的なソシアル・マーケティングを行うべきか、その手法を伝えるセミナーがいくつか開催されていたことです。私もその場に参加したのですが、どの参加者もセミナー講師に熱心に質問をしていました。

 

なぜ、いま、アメリカのNPOの人たちは、営利企業が行っているのと同様のマーケティング活動を行うようになってきたのでしょうか。

 

その背景として、二つの理由が挙げられます。

 

一つは、多くのNPOが乱立し、淘汰の段階に入ってきたことです。 アメリカでは、エイジング分野だけでも日本とは比較にならない数のNPOが存在し、その社会的影響力も大きなものがあります。しかし、AARPRSVPSCORE、シニアネットなどいくつかの著名なものを除けば、全米レベルで知名度があるものはそれほど多くありません。

 

いわゆる「ナイン・イレブン(911日の同時多発テロ)」以降、低迷する経済状態の中で、限られた資金のパイを獲得するためには、NPOにもそれなりの「営業努力」が必要となっているのです。

 

ソシアル・マーケティングといった場合のマーケティングの対象は誰か。実は、NPOが提供するサービスの利用者に加えて、NPOへの資金提供者がその対象になっています。 NPOへの資金提供者は、株式会社でいえば株主。つまり、株主に対するアカウンタビリティ(説明義務)が強化される風潮にあるのと同様に、NPOにとっても資金提供者へのアカウンタビリティが強化されているのです。

 

一方、もう一つの理由は、NPOが提供するサービスにもそれなりの「質」が求められるようになってきたことです。

 

シカゴに「マザー・カフェ」という、いわば「シニア向けのスターバックス」を展開しているNPOがあります。しかし、そのサービス・コンセプトは、従来のNPOのスタイルである「Serve Clients(依頼者に奉仕する)」ではなく、「Attract Customers(顧客を魅了する)」として経営スタイルを一新し、地域の年長者たちの絶大な人気を博しています。

 

ちなみに、コンフェランスで、この「マザー・カフェ」の利用者の方々と懇談する機会があったのですが、私のような日本人のみならず、アメリカ人ですら、そのサービスの素晴らしさに驚きの声を上げていました。

 

このようにアカウントアビリティとサービスの質との両面から、アメリカのNPOは、民間の営利企業的な手法をどんどん取り入れる方向にあります。このため、ソシアル・マーケティングの中身も、営利企業的な手法に進化しつつあるのです。

 

しかし、実は、このような「非営利企業による営利企業的経営手法の導入」の動きに呼応している動きが近年見られます。それは、社会責任投資や社会起業家(ソシアル・アントレプレナー)など「営利企業による社会的価値の重視」の動きです。

 

金銭的なリターンは、企業活動の継続維持のためであり、企業活動の真の目的は、社会的価値の創造である。このことを、私は社会人としてはじめて働いた出光興産という会社で学びました。

 

創業者の出光佐三は、健在の頃、常々次の言葉を語っていました。

 

「出光は単に石油業を営んでいるのではない。真に働く日本人の姿を通じて、国家社会に示唆を与えるのがわれわれの目的である」

 

当時私は、この言葉に強く惹かれながらも、日々の雑務をこなし、利益を追求しなければならない現実との間で葛藤したものでした。

 

本来、社会的価値の創造のために存在する企業が、あまりに利益指向に走ってしまった。その反動として、社会的価値の創造を第一の目的とする多くのNPOが出現した。しかし、NPOにも合理的な経営手法が求められるようになり、営利企業的な手法を取り入れはじめている。

 

このような動きを見ていると、アメリカで見られる「非営利企業による営利企業的経営手法の導入」の動きと、「営利企業による社会的価値の重視」の動きとは、実は同じゴールに向かっているように思えます。

 

したがって、これから問われるのは、営利企業かNPOかの違いではなく、むしろ合理的な経営か非合理な経営かの違いだということです。そして、非営利企業においても合理的な経営手法を実践し、社会的価値を生み出しているのが、他ならぬ社会起業家なのです。

 

アメリカでは公益性の高い事業を立ち上げる社会起業家がもともと多いのに対し、日本ではそもそも起業家そのものが少ないという事情があります。その理由の一つとして、アメリカでは一流大学を出た人間の多くが自ら起業するのに対し、日本では優秀な人材は大企業に就職するからです。

 

しかし、日本の状況も変わりつつあります。

 

一つは、最近20代、30代の若手で社会起業家を目指す人が増えていることです。アメリカでもエイジング分野のNPOを動かしているのは、30代から40代の社会起業家です。

 

もう一つは、営利企業のビジネスマンで退職後あるいは退職前に起業する人が増えていることです。日本の企業社会の現状から見ると、私はこの動きが広がっていくことが最も自然であると思います。

 

なぜなら、前述のとおり、これからのNPO経営には、マーケティングやサービスの質といった営利企業的な経営手腕が求められるからです。そのためには、民間企業で日々の利益を出すために、心の中の矛盾と悪戦苦闘しながら、百戦錬磨の修練を積んできた年長者の方が、非営利セクターで経営的手腕を発揮するというのが、きわめて自然で合理的であると思うからです。

 

そして、会社を退職した人が、今度は社会的価値を生み出すために、新たな世界に挑戦する姿そのものが、次世代の人に大きな勇気を与えると思うのです。

 

日本中にこのような年長者の方が増えたら、活気にあふれた素晴らしい国になるのではないでしょうか。

 

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