オトナ市場を攻略するための5つのキーワード

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オトナ市場への挑戦

販売革新5月号 特集 オトナ市場への挑戦

本稿では編集部からのリクエストにより、50代後半から70代を「オトナ」と定義

高齢化の進行で、オトナ人口は拡大を続けており、2030年には、日本の人口の半分以上が50歳以上になると予測されています。また、団塊世代の最年長者である1947年生まれが今年65歳に到達し、大量の退職者が発生するとの予測が、オトナ市場への期待を大きくしています。

多くの商品、サービスの分野で、オトナ市場をターゲットにビジネス拡大に取り組む例が見られる一方、苦戦事例も多く見られます。それはオトナ市場を本当の意味で理解していないことに原因があるのです。

1.多様なミクロ市場の集合体

 新たな「価値の切り口」を提案し、個客を束ねる

「最近の高齢者は昔に比べ元気で金も時間もあり人数も多い」といわれ、オトナを対象にしたビジネスチャンスは多いように見えます。しかし、消費行動は、実は十把ひとからげではありません。例えば、年齢層が高くなると支出が減るのは教育費、被服費、食費、教養娯楽費。逆に増えるのは医療費。一方、変わらないものは住居費や光熱費などです(図表①参照)。 

こうした消費の背景は、若年層にはないオトナ特有のさまざまな「状態の変化」です。特に「加齢による体の変化」「本人のライフステージの変化」「家族のライフステージの変化」「嗜好性とその変化」「時代性の変化」の5つが重要です(図表②参照)。

例えば、教育費が減るのは、子育て終了という「本人のライフステージの変化」があり、被服費が減るのは退職というライフステージの変化のためで、特に男性はスーツなどの需要がなくなるからです。一方、医療費が増えるのは、加齢による体の変化で、老眼になったり、関節が痛んだりなど、体のあちこちに不具合が出やすくなるからです。

このように、消費は年齢で決まるのではなく、オトナ特有の変化で決まります。こうした消費の裏側にある変化を深く理解することが重要です。若年市場に比べて変化の多いオトナ市場はマスマーケットではなく、多様なミクロ市場の集合体であると認識した方がよいでしょう。 

こういった状況で、私たちが心掛ければならないのは、オトナの中に潜在的に存在する新たな「価値の切り口」を見つけ出し、彼ら自身がその必要性に気づくように仕向けていくことです。こうした取り組みこそが大切で、年齢だけでくくったオトナという見方では、新たな価値の切り口は見えてきません。

商品・サービスの新たな「価値の切り口」は、多様になってきているため単純ではありません。しかし、上手な切り口を見つけられれば、新しい市場を開拓することができます。

例えば、カーブスという女性専用フィットネスは、日本導入後わずか6年半で1124店舗、会員43万人を超える市場に育ちました。会員の平均年齢は50代です。これは、中高年女性のかゆい所に手の届くありそうでなかった新たな価値の切り口を提案したからです。小売店もこれからは明確なテーマ性を打ち出したところが、有利な時代です。売場づくりも、こうした傾向を踏まえたテーマ力が必要でしょう。

2.「不」の解消

フロー消費を確実にすくい上げる

オトナのフロー消費を確実にすくい上げるためには、徹底した「『不』の解消」が有効です。不とは「不安」「不満」「不便」の3つです。高齢期の不安のトップは、寝たきりになったり、認知症や要介護状態になったりするなどの健康に対する不安です。都市部では、毎日買物に行くのに店舗が少なく不便だったり、米など重い物を運ぶのに不便を感じたりしている場合も多いのです(図表③参照)。また一人暮らしや夫婦2人の場合、総菜などの量が多いのが不満という声もよく聞こえます。

このためオトナは生鮮品の購入時には、価格がやや高くても鮮度を重視し、少量でも買えること、居宅の近くに店舗があることなどが優先されやすくなります。さらに重い物を運んでくれる、買物に付き添ってくれるサービスなども新たな価値になります。また、健康志向でも、料理が不得手な単身男性オトナ世帯には、調理が簡単な食材が求められています。

 一方、オトナの中には、「年寄り扱いされたくない」と考えている方が大勢います。しかし、元気だと自負している方でも、60代ともなると40代、50代のころよりも確実に体力・気力は衰えてきています。オトナでも買いやすく、受け入れられる店舗を目指すならば、こうした体と心の変化を考慮した売場づくりを行うべきです。

例えば、40代を過ぎると、老眼になる人が増えます。若い方には想像しにくいのですが、POPの文字やパンフレットなどが小さい文字で書かれていると、販売機会を逃します。見やすい文字のサイズ、フォント、色使いなどを十分配慮する必要があります。そして、商品やPOP類は、目の高さよりも下に置かれていないと見られにくくなります。高齢層は低めの背丈であることを考慮して、商品や店頭ツールを設置することが重要です。

また、60歳を過ぎると一般に認知機能は低下気味。仮に、ヨーグルトを販促しようとした場合、血糖値が上がりにくくなる、腸の健康を保てるなど、いろいろな効能があるかもしれませんが、それらの効能をあまりくどくど羅列すると逆に印象深く伝わりません。従って、例えば、「骨が丈夫になる」など、年配者なら誰もが気にしている「健康」に良いことを直接訴求するコピーを添えた方がより効果的でしょう。もっと言えば、店頭商品の訴求点は、なるべく1商品につき1項目を訴求するにとどめましょう。

さらに、60代に達したころから、筋力の衰えも顕著になります。20代の筋力を100とすると、60代の筋力は6070代だと50まで低下します。このため、60代以降ではつまづきやすくなり、ちょっとした突起物で転倒しやすくなります。従って、フロアの段差を減らしたり、店内の動線をなるべく効率的に配置したりなどの工夫も重要です。

3.商品生態系

潜在ニーズを先読み、需要を喚起する

紳士服売場でオトナが買物をする場合、よそ行きの服を購入する際はシャツも要るし、ズボンやジャケットも必要になるでしょう。また、定年退職後の男性は、カジュアルファッションはどんな服がいいのか分からない方も少なくありません。このような場合、ジャケットやズボン、シャツ、靴、バッグなど関連商品がコーディネートされて1カ所で展開されていれば、売れやすくなるはずです。

 そうしたトータルコーディネートを実現する商品群をあたかも「生態系(エコシステム)」のように提示する売場が特に男性には理想的です。つまり、顧客の潜在ニーズを先読みして、その必要性を気づかせる見せ方が効果的なのです。そうした対応をするだけで、プラスアルファの購買機会が増えるでしょう。

百貨店の場合は、メーカーに売場を提供していることが多い業態なため、なかなか商品を組み合わせて提案できない事情があります。売場を変えられないため、顧客に売場を案内しながらトータルコーディネートを提案しようと、コンシェルジュサービスを行う百貨店もあるようですが、店員にぴったりと買物に付いて回られるのは、うっとうしいと感じるようです。

一方、HMやユニクロなど自社開発製品を扱う店舗では、そうしたトータルコーディネートを提案する棚づくりを頻繁に行っています。百貨店にも必要なアプローチでしょう。

ショッピングセンター(SC)などでは、自分のショップだけで商品が足りないのであれば、SCの中でオトナ市場の開拓を目指しているテナントが商品を持ち寄り、実験的に売場をつくって販売することにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

4.購買支援環境

五感に訴え販売機会を創出する

商品棚以外の店舗づくりの工夫では、いすの使い方もポイントです。一般に年配の方は、足腰の筋力が衰えていることから、単位時間当たりの歩行距離も短くなります。フロアの各所にいすを設置すると、適宜休憩を取りながら店舗滞在時間を長くできます。

実は、このいすに腰かけて休憩している時間は、商品を効果的に伝える機会です。ある百貨店では、いすに座っている顧客に了解を得た上で、商品である靴磨きクリームの無料体験サービスを行っています。きれいになって喜ばれた顧客が、その靴磨きクリームを購入することもしばしば見られます。ここでのポイントは、あくまで相手にメリットを感じてもらう商品提案の仕方を徹底することです。

また、いすに座ったときに見える風景にも気を配ると、より販促効果が高まります。一休みしたら、あの商品を見に行ってみよう、手に取って試してみようと思える「商品の光景」が大事です。デパ地下なら、焼き立てパンの匂いが漂ってくる場所にいすを置くなど、臭覚に訴えるやり方も効果的です。

売場の環境づくりでは、年齢を重ねるにつれて聴力も弱まるので、BGMの選曲やボリュームにも配慮したいものです。また売場のスタッフは、明瞭な発音で分かりやすい対応を心掛けた方が良いでしょう。視力も弱った方が多いので、間接照明を多用すると買物しづらくなります。とはいえ、蛍光灯を多用すると売場が安っぽく見えてしまいがちなので、間接照明と蛍光灯のバランスが大切です。

あとは、設置後には直すのが難しいですが、トイレも大事です。年配の方にはトイレが近い方も多いので、トイレが使いにくいと、店の印象も悪くなります。手をかざして流すタイプや、自動でフタが空いたりするトイレは、年配の方にはかえって使いにくいようです。説明書きをするなどの心遣いが、親切な印象を与えるでしょう。

5.解放段階

3つのE」でストック消費を促す

オトナの消費を促すには、フロー消費だけでなく、ストック消費を促す商品やサービスの提案も必要です。

米ジョージ・ワシントン大学のコーエンは、後半生の心理的発達の4つの段階の中で、50代半ばから70代前半は「解放段階」にあるとしています。退職後にサラリーマンがダイバーに転身したり、レジ打ちパートの主婦がダンス講師を始めたりする例もその解放段階にあるため。

つまり「何か今までと違うこと」を始めたいという欲求が起きやすいわけです。60代のオトナならば退職や住宅ローンの完済、子供の独立などの節目がきます。そのときに湧き起こる自己解放を促すエネルギー=インナープッシュが消費のきっかけをつくるのです。

そのきっかけをつくるためにモノやサービス、売場が備えるべきは、Exited(ワクワクする)、Engaged(関与する、当事者になる)、Encouraged(元気になる)の「3つのE」です。

例えば、以前、雑誌『いきいき』が企画した「ワンマンス・ステイ」は単なる観光旅行ではなく、憧れの街で1カ月生活しながら英語を学ぶという旅行商品でした。これが5060代女性や夫婦の「何かを始めたい」「今だからこそ学びたい」というインナープッシュを後押しし、1120万円という高額にもかかわらず、告知2週間で30人定員が完売しました。

また、旅行会社クラブツーリズムでは、顧客が旅の雑誌を配布する役目を担い、顧客は収入を得るとともに配布する仕事で仲間が増えて、その仲間と旅に出たりしています。企業が顧客に働く機会を提供することで、顧客は経済的余裕が生まれると同時に、当事者意識が高まります。このような「当事者消費」は、今後のオトナ消費を活性化する重要な形態の一つになるでしょう。

さらに、前述のカーブスでは、女性たちは筋トレや有酸素運動をやって元気になります。そうすると、体型が痩せることもあり新たに洋服を買ったり、友達と旅行に行ったりするようになります。つまり体が元気になると新たな消費が生まれやすいのです。

これらは全て「3つのE」が消費を生み出すけん引力になっている事例です。小売業においても、商品・サービス・売場に、この「3つのE」の要素を組み込むことがオトナの消費拡大に有効でしょう。

https://bb.hiroyukimurata.jp/sboa/

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