シニアビジネス市場への参入を考える

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月刊税理士事務所チャネル2月号 シリーズ企画

日本では総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が26.7%を超え、世界でも類を見ない超高齢社会を迎えました。しかし、「シニアビジネス市場」という見方をすれば、市場は拡大しているといえます。

今回はシニアビジネス市場の現況や特徴について、わが国シニアビジネス分野のパイオニアで多くの民間企業の新事業開発・経営に参画している村田アソシエイツ代表の村田裕之氏にお話を伺うとともに、実際にシニアビジネス市場に参入した企業の事例を紹介します。

高齢化率は世界1位 国内市場のシニアシフトは必然

日本において60歳以上の高年齢者層をターゲットとした、いわゆるシニア市場が現在のように注目されるようになるまでにはいくつか時期的なポイントがあります。最初に「シルバービジネス」という言葉が使われ始めたのは80年代後半から90年代の初頭にかけてです。

もっとも、当時は介護用品などを販売するのが主流で、今に比べると〝地味〞なものでした。2番目の波は00年前後。ちょうど私が「アクティブシニア」という言葉を提唱し、この市場の重要性を指摘し始めた頃です。

00年4月に介護保険制度が導入され、行政を始め関連事業者の方たちはその周辺のサービスを充実させることに集中していましたが、私の考えはちょっと違っていました。目を向けたのは「高齢者の8割を占める、介護を必要としない自立した生活を送っている方たち」。すなわち、この方たちの市場こそがアクティブシニア市場となるわけです。

07年には人数の多い団塊世代が60歳以上となり一斉に定年を迎えるとされ、「2007年問題」と騒がれ、シニア層になる団塊世代に関わるビジネスが活気づきました。しかし結局、彼らの多くは定年退職せず働き続けたので大きな変化は起きず、このブームは翌年に起きたリーマン・ショックで急速に勢いを失いました。

ところが、11年の後半に入ると状況は大きく変わります。多くの人たちが「高齢者の数が目に見えて増えたこと」を生活のなかで実感するようになり、シニアビジネスの重要性が強く認識されてきたのです。現に、政府の15年9月の発表によると、日本の総人口に対する65歳の人が占める割合(=高齢化率)は26・7%となりました。これは世界一で、しかも総人口は減少するものの、高齢者数は40年まで増え続けます(図1)。

高齢化率は60年頃までさらに上昇続けるので、必然的に市場の「シニアシフト」が加速していきます。このような流れを受けて、大手をはじめ中小企業も盛んにシニア市場に参入しています。

シニア市場は多様なミクロ市場の集合体 
マスマーケティングのアプローチは役に立たない

貯蓄から借金を引いた「正味金融資産」で見ると、世帯主70代以上が最も多く、60代が次に続きます。私の試算では60代以上が世帯主の世帯当り正味金融資産の合計は約482兆円。日本の国家予算が年間約100兆円なので、これはものすごい額です。

ただし、この市場で商品やサービスを成功させるには、中途半端な取り組みではダメです。成功させるには、それなりの工夫と継続的なコミットが必要です。これからシニアビジネスを始めようと考える前にまず知っていただきたいのは、彼らの消費行動の特徴です。シニアビジネス市場の特徴を表すキーワードの一部を表1に示しています。

これらを考慮せずに、ひと昔前のような大量生産と大量流通を前提とした、市場を「ひとくくり」で捉える事業姿勢では、成功は難しい。例えば、66歳の団塊世代を見ても、人によって健康状態や資産・所得状況、家族構成、家族の健康状態などが異なり、この違いによって消費スタイルが変わってきます。

このようにシニア市場は決してひとくくりにはできず、むしろ「多様なミクロ市場の集合体」と認識して、取り組むことが必要です。

私が携わった具体的な例としては、NTTドコモの「らくらくホン」という商品があります。この商品は99年10月から発売され、05年頃まで順調に売り上げを伸ばしました。しかし、調べてみると当時ターゲットだった60歳以上の人たちへの浸透が不十分でした。その理由は、60歳以上の人たちにも「らくらくホンのデザインがいかにも年寄り臭くていやだ」といって敬遠する人が多かったのです。

そこで、60歳以上を対象とした大規模なデータを「使いたい機能の数」と「月別通話料金」を切り口に整理してみたところ、市場全体が10種類ほどの小グループに分かれることがわかりました。これが「シニア市場は多様なミクロ市場の集合体」ということの具体的な姿です。この結果をもとに、必要な商品バリエーションを最小限追加したことで、その後もシェアを伸ばすことに成功しました。

「体験」を通じてモノを売る シニアビジネスの可能性

私たちの生活する現代は、モノ余りの時代です。モノ余りの時代には、競争が激しくなり、せっかくいい商品を市場に投入しても、すぐに他社に真似され、短期間に価格競争に巻き込まれます。こうした価格競争から脱却する一つの手段が、「モノ消費」から「コト消費」へのシフトです。モノを買ってもらうために、モノに付帯したコト=時間の価値を上げることが秘訣です。

例えば、「孫ビジネス」。子どもに人気の人形シリーズに、最近おばあちゃんの人形が加わりました。これが孫の遊びに加わりたい祖母の方々に売れています。ここでの購買意欲は、単に「人形を買う」ことではなく、その先にある「孫と楽しむ時間を得る」ことにあるのです。シニア向け商品・サービスを開発する際には、この「コト消費ビジネス」も重要になります。

また、シニアビジネスに限らず、中小企業が新規分野に参入する際、商品開発力、販売網、知名度、人的資源などの不足により苦戦を強いられるケースが多々あります。経営資源の限られた中小企業が新規事業を進めるには、全てを自社で手掛けていてはなかなかうまくいきません。

そこで重要になるのが、異業種企業との協業を自社の経営資源として活用する「提携戦略」です。シニアビジネスでは次の4つが提携戦略の目的となる場合が多いです。

①シニア層へのアクセスチャネルが欲しい
②シニア向け商品が自社だけではタマ不足のため、他社商品で補完したい
③シニアのニーズを知りたい、シニアを巻き込んで商品開発したい
④シニアに向けた知名度、ブランドイメージを向上したい

これらの目的のもと、例えば既に多くの年配客を抱えている会員制組織や、既にシニア向けの商品を扱っているメーカーなどと提携するのです。これにより、自社単独では不可能な打ち手を可能とし、経営資源と時間の大幅な節約を実現できます。

ここまで、そのポテンシャルを説明してきたシニアビジネスですが、中長期的にはさらなる広がりが期待できます。それはこれから高齢化が進展していく中国をはじめ、アジア諸国という海外市場の拡大です。

世界で最も早く超高齢社会を迎えた日本ですが、視点を変えれば他国に先駆けてシニアビジネス市場を発展させられるともいえます。まず日本市場でシニア向け商品・サービスを洗練させ練り上げた商品・サービスを、次に海外に向けて展開する―。その意味で、私はこのシニアビジネスを、「次の世代に向けたビジネス」と捉えています。

社会保障費の増大など、これからさらに負担が重くなっていく次世代の若者たち。彼らが活躍し、経済的にも豊かになれるよう、市場を拡大し、海外でも通用するビジネスモデルを構築することは、現役世代である我々の大きな使命ではないでしょうか。

成功するシニアビジネスの教科書

シニアシフトの衝撃

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