村田裕之のブログへようこそ。私は日本総合研究所に在籍していた1999年9月に「アクティブシニア市場」の可能性と情報化の進展による「スマートシニア」の出現を予想し、以降、20年以上にわたって「シニアビジネス」に取り組んできました。
この「シニアビジネス」と言う言葉は、今では多くの人が使うようになりました。しかし、相変わらず「金持ちの高齢者をだまくらかして儲ける」的な意味で使っている場合が後を絶ちません。
以下は、2006年1月に上梓した「団塊・シニアビジネス 7つの発想転換」(ダイヤモンド社)のエピローグで語った私の考えです。
シニアビジネスとは何か?なぜ、シニアビジネスなのか?
年配層のなかには、「シニアビジネス」という言葉に自分たちが汗水たらして貯めてきた財産を騙し取ろうとする悪どい商売をイメージする人も少なくありません。擬似通貨「円天」のような年配層の不安をつく詐欺商法が後を絶たないからです。
しかし、私が「シニアビジネス」という言葉を使う理由は、別にあります。それは、高齢社会の諸問題の解決は、補助金などの国費投入でなく、健全な収益事業つまり「ビジネス」で行なうべき、と考えているからです。なぜなら、日本のような経済成熟国・高齢国は、国費投入型の社会保障政策では、もはや財政的にやっていけないからです。
日本以外の経済成熟国を眺めると、福祉と呼ばれる分野に市場原理がどんどん浸透しています。どの国も国費投入型の社会保障政策が行き詰まっているからです。国費のもとは、国民の血税と国債つまり借金です。借金の先送りは、結局、子孫に膨大なツケを残すだけです。
しかし、次の世代に残すべきなのは膨大な借金ではないはずです。残すべきなのは、いまの世代が出しうる限りの「知恵」のはずです。低成長段階の経済成熟国が、本格的な高齢社会に突入したいま、「国費投入型の福祉」を「健全な収益事業」に極力置き換えていくことが求められるのです。
そのためには、「健全な収益事業」としての質と量全体のレベルアップが必要です。そのレベルアップのための「知恵」こそ、私たちが次の世代に残すべきものです。
21世紀の日本は、何をもって世界から尊敬される存在になれるのでしょうか。
世界が注目する世界最速の高齢国家・日本。その日本が世界に先駆けて高齢社会に相応しい商品・サービス・制度を次々と生み出していく。それらが素晴らしいものであることで、同じように高齢化の諸問題に直面する多くの国から一目置かれるようになる。
ITビジネスの分野では無理でも、シニアビジネスの分野ではそういう存在になれる可能性が十分にあるのです。
しかし、私たちがシニアビジネスへの取り組みで目指すべきことは、単に商品やサービスが素晴らしいことだけで、世界から一目置かれることにとどまってはいけません。
バブル経済期の1980年代後半から90年頃、日本の経済力は史上最高に達し、世界中から注目されました。当時それまで勤めていた会社を退職し、フランスに自費留学していた私は、留学先の学校で日本経済について数多くの質問を受けました。
ところが、そのとき注目されたのは、洪水のように輸出した「メイド・イン・ジャパン」の製品であり、残念ながらそれを生み出した日本人ではありませんでした。
このことを考えるとき、私は、かつて内村鑑三が語った次の言葉を思い出します。
「金を儲けることは、己のために儲けるのではない、
神の正しい道によって、天地宇宙の正当なる法則にしたがって、
富を国家のために使うのであるという実業の精神が
われわれのなかに起こらんことを私は願う」
(後世への最大遺物・デンマルク国の話 内村鑑三 岩波文庫より)
最近流行の「企業の社会的責任」という言葉を使うまでもなく、いまから100年以上前に内村が語ったこの言葉に「実業の精神」つまり「ビジネスの精神」の意味が込められていると思います。
「シニアビジネス」とは、金持ち、時間持ちの年配層をターゲットに儲ける事業をやるという意味であっては決してないのです。
いつか、日本のシニアビジネスが世界の注目を浴びる日が来るとき、単にその商品・サービスの素晴らしさだけが、注目されるのであってはならない。
それらを生み出し、経営する日本人の「精神」こそが、真に注目され、尊敬されるべきなのです。
それが、内村鑑三が言わんとした言葉の意味です。そのための「礎」を残すことが、いまを生きる私たち大人の責任であり、後世への最大遺物になるのです。
今、元気な人がなるべく元気でいることが何よりの社会貢献
その後、16年が経過し、時代の様相も変わりました。日本の高齢化率は29.1%を超え、超々高齢社会となりました。
人口動態予測によれば2040年まで65歳以上の高齢者が増え続けることは確実です。高齢者が増えれば要介護になる人も増えます。一方、15歳から64歳の生産人口も減っていくことが確実です。残念ながら現状では急速かつ効果的な少子化対策は考えられません。
そうであるならば、これから増えていく高齢者が可能な限り元気であり続けることが求められます。つまり、高齢者ができるだけ要介護状態にならないようにすることが必要です。
要介護になる原因の上位は、認知症、脳卒中、運動器障害です。これらの予防のためには、生活習慣の改善が不可欠です。
認知症と診断された人の“上流過程”を見ると、認知症発症前に認知機能の低下が見られ、それ以前に脳が萎縮していることが分かっています。これを食い止めるためにどのような生活習慣が効果的なのかが、かなり明らかになってきています。
例えば、好奇心旺盛で趣味活動が盛んな人は脳が萎縮しづらいということがわかっています。あとはなんといっても、人とのコミュニケーションが大事です。
認知症を発症しにくい生活習慣を支援する研究、商品化への努力をどんどんやるべきだと思っています。
私たちが提唱している『スマート・エイジング』を実践して高齢者が元気に活躍する社会は、今後社会の高齢化が進む他の国から羨望の的で見られるようになるでしょう。
私たちひとり一人が高齢になっても元気であり続けることが何よりの社会貢献であり、それは国際貢献でもあるのです。
超々高齢社会を持続可能にして世界に貢献しよう
MED2022というイベントで講演する機会があり、ここまでお伝えした考えを動画で聴くことができます。20分程度の動画ですが、お聴きになられた方から大変好評をいただいております。よろしければ、ご覧ください。
日本の高齢化率は2021年9月時点で29.1%であり世界一です。日本人の平均寿命は男性82歳、女性88歳でどちらも世界一です。平均寿命と健康寿命との差は、日常生活に制限のある「健康ではない期間」、つまり「要介護期間」を意味します。2019年時点で男性8.73年、女性12.06年でした。高齢者人口は2013年から毎年50万人増えている一方、労働人口(15~64歳)は毎年70万人減っています。高齢者が増えると要介護者も増えるので、介護従事者の不足が年々深刻になっています。仮に今、有効な出生対策を講じたとしても、その成果が出るのは最低でも約20年後になるので別な策が必要です。高齢化率28%を超えた「超々高齢社会」の日本を持続可能にするには、私たち一人ひとりの「要介護期間の最小化」が必要です。そのためには、今元気な人が年をとっても、なるべく要介護にならず元気でいられるための予防策が不可欠です。私は「スマート・エイジング」の考え方を2006年に東北大学で提唱し、その4条件(運動、認知、栄養、社会性)を意図的に組み込んだ商品・サービスを民間企業との共同研究を通じて社会に実装し、個人のスマート・エイジング実現を後押ししてきました。超々高齢社会の課題解決には税金のバラマキではなく、健全なビジネスで回る仕組みが必要です。今回はその一部をご紹介し、日本で磨いたシニアビジネスが世界で役に立つこと、日本だから可能な社会貢献のやり方を皆さんと共有したいと思います。