不動産経済連載団塊・シニアビジネスの勘所 第三回

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 10年間でこんなに変わったシニアのネット利用率

 

シニアの消費行動を知ろうとする場合、考慮しないといけない重要なことがある。それは、私たちの生きる現代は消費行動に及ぼすネットの影響が大きいことだ。

 

私は1999年に東京、名古屋、大阪で、50歳以上の方を対象にネット利用率の調査をしたことがある。その時のネット利用率はたったの3%だった。当時は50歳以上でも100人に3人しかネットを使っていなかったのだ。いまからわずか13年前のことだ。

 

それから13年経過して状況はどう変わっただろうか。図表1は、2001年12月から2010年12月までの年齢層別インターネット利用率の推移である。どの年齢層で一番利用率が増えているだろうか。明らかに50代以上である。

 

2001年から2005年では、50代で増えた。2005年から2010年では60代でも増えた。おそらく、あと10年経つと、70代以上の年齢層の利用率がもっと上がるだろう。これでおわかりのように、シニアにおけるネット利用率の上昇は時間の問題である。

 

スマートシニアの増加で市場の性質が変わった

 

このように、近い将来はシニアでも大半の人がネットを使って、簡単に手軽に安く情報を入手して賢く消費行動をとる時代になる。私はいまから13年前の1999年9月15日の朝日新聞に、ネットの時代の新たな高齢者像である「スマートシニア」というコンセプトを提唱した。

 

IT機器が普及すると市場の情報化がどんどん進んでいく。すると、市場がガラス張りになり、商品の売り手はごまかしが効かなくなる。ネットで見れば、ほとんどのモノが、どこで、いくらで売られているかがわかってしまう。

 

すると、市場はそれまでの「売り手市場」から「買い手市場」に変わっていく。情報武装したスマートシニアが増えることで、シニア市場もどんどん「買い手市場」になっていくのだ。すると、従来の売り手の論理が通用しなくなる。

 

いくら見学者が来ても、売れない老人ホーム

 

過去10年間で最も劇的に変わった市場の1つは、有料老人ホーム市場である。有料老人ホーム市場は、2000年4月の介護保険制度導入を境に大きく変化した。供給が増えるに伴い、高額だった入居一時金の相場も下がった。

 

特に、2008年のリーマンショックを機に広がった金融危機をきっかけに大幅に価格破壊が進んだ。価格破壊が進んだ直接の理由は、供給過剰による販売競争の激化と景気低迷による高齢者の買い控えが広がったことだ。しかし、もっと根本的な理由は、先に述べた「スマートシニア」が増えたことにある。

 

以前は、ある高級老人ホーム運営会社が、朝日新聞や日経新聞に全面広告で昼食付きの無料説明会の案内を出すと、定員600名のところ、倍の1200名程度は即座に集まった。そして説明会終了後にアンケートを行なうと、参加者600人のうち50人くらいが「ぜひここに入居したい」という意向を示し、実際に大勢入居した。当時、その老人ホームの入居一時金は平均で5000万円程度だった。

 

それが、2006年頃を境に様子が変わってきた。以前と異なり、無料説明会に参加しても、その場で入居申し込みをする人が激減していった。高額な新聞広告を打ち、高級ホテルを借り切って、豪華な無料説明会を催せば、大勢の人が集まり、参加者がすぐに入居を申し込むという、かつての“常識”は過去のものとなったのだ。

 

なぜか。こうした説明会にくる人は、事前にネットでわかる限りの情報を集め、他の施設を数多く見学し、知人から口コミ情報を得たうえでやってくるようになったからだ。30から40件以上の施設を事前に見学し、施設パンフレットをコレクションにする人も現れた。

 

なかには、体験入居をする際にデジタルカメラを持参し、夜中の1時という運営体制が最も手薄になる頃に部屋の緊急通報ボタンを押して、スタッフの対応状況を写真に収めるという“つわもの”も現れた。こうした変化が、「スマートシニア」が増えたということの具体的な例である。

 

シニア市場は「売り手市場」から「買い手市場」になっていく

 

このような、商品をじっくり吟味して衝動買いをしない「スマートシニア」が増えたため、有料老人ホーム市場では常に供給過剰となっている。これが有料老人ホーム市場で価格破壊が起きた根本的な理由である。

 

このように「スマートシニア」が増えていくと、市場は「売り手市場」から「買い手市場」になっていく。すると、従来の売り手の論理や常識が通用しなくなる。有料老人ホーム市場は、従来の常識が覆った市場の典型である。数年前の常識は、数年後には通用しない。そうした事例がたくさん見られる市場だ。

 

商品の売り手は、常に買い手を注視していなくてはならない。買い手のわずかな変化を感じ取り、その先に来る大きな変化を常に先取りして柔軟に適応しなければといけない時代なのだ。シニア市場も、その例外ではない。

参考:「スマートシニア」の提唱と アクティブシニア市場への注目を提言