スマートシニア・ビジネスレビュー 2005年9月5日 Vol. 74
8年前のベストセラー「The Experience Economy」
(邦題:経験経済、ダイヤモンド社)の新訳版が
最近出版されました。
この本のテーマは
「経験経済の考え方にもとづく経験ビジネスの勧め」です。
モノ余りの時代は、すぐに競合商品が互いに真似しあい、
似たような仕様になります。
そして、商品差別化の猶予時間が どんどん短くなり、
その結果、最終的には価格競争になり、
体力勝負に陥ってしまいます。
たとえば、パックツアーのような商品は、
すでにコモディティ化しており、
激しい価格競争にさらされています。
こうした競争から脱却するための一つの手段が
「経験ビジネス」なのです。
著者も述べている通り、米国や日本のような
経済成熟国では、さまざまな経験機会を
顧客に提供することで商品価値を高める例が
増えています。
たとえば、ディズニーリゾートなどはその一例です。
そこでの心地よい、楽しいといった経験が
心に残ることが商品の価値になっているのです。
手前味噌ながら拙著「シニアビジネス」で提唱した
「知的合宿体験」という商品コンセプトは、
実は経験ビジネスの典型なのです。
しかし、経験ビジネスには気をつけるべき
落とし穴があります。
それは、経験という商品は「形が見えない」ことです。
だから、潜在顧客への告知に
周到な工夫が必要なのです。
形が見えない経験商品を潜在顧客に
効果的に告知するには、どうすればよいか。
一つは、「経験価値の伝達」。
つまり、既に商品を経験した顧客の声を伝えることです。
書店に行くと、介護に関する多くの書籍が並んでいます。
介護を作業という尺度で見れば、おむつの取替え、
車椅子での移動、入浴、食事の世話など、
介護に携わる人によってその内容は
大きく変わるものではないでしょう。
にもかかわらず、なぜ、かくも多くの書籍が
出版され、読まれるのか。
その理由は、人は自分と同じような境遇にある
「他人の経験」に興味があるからです。
もう一つは、潜在顧客による「商品の直接経験」。
つまり、商品の場に参加してもらい、
顧客に商品を直接経験してもらうことです。
最近、自宅の近所に、焼肉レストランが開店しました。
焼肉レストランにはめったに行かないので、
何となく遠ざかっていました。
しかし、家族が行ってみたいというので、
ついに行くことになりました。
行ってみたら、そこは感心することの連続。
肉の質、量、味、椅子・テーブルの居心地、
デザート、部屋のレイアウト、そして商品の価格・・・
すっかり満足したわれわれは、
またその店に行く気になりました。
その店での経験と、経験の場という舞台づくりに対する
店のこだわりに感心したからです。
われわれをその店に行く気にさせたのは、
一枚の広告チラシ。
それは全品20%割引という太っ腹なクーポンでした。
この割引では、店側の利益は明らかに少ないでしょう。
しかし、その店は、その割引コストで、
見込み顧客4人をリピーター顧客に変えたのです。
形が目に見えない経験商品は、
形が目に見える商品よりも売りにくいように見えます。
しかし、商品の性質に適した告知の工夫で、
効果的に売ることができるのです。
経験ビジネスに取り組むには、
こうした手の込んだ告知や大胆な割引といった工夫を
継続できる「忍耐」が必要なのです。
逆に言えば、その忍耐を覚悟することなく、
安易に経験ビジネスに取り組んでも
成功は難しい。
経験ビジネスで成功できるかどうかは、
結局、その企業の忍耐力による。
それは、究極、経営者の忍耐力であり、
器の大きさだということでしょう。
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