11月10日 クラブツーリズム 旅と人生を楽しむ スマート・エイジング術
シニア向け旅行サービスNo.1のクラブツーリズムと私が役員を務める東北大学ナレッジキャストとのコラボによる「旅と人生を楽しむ スマート・エイジング術」の連載第2回が公開されました。以下にその全文を掲載します。
1. 免疫とは何か
新型コロナウイルス感染症の蔓延後、免疫(めんえき)という言葉が、かつてないほど一般の人に広まりました。
重症化した人に医師から「この薬が効かない場合、後はご自身の免疫力しかありません」などと言われる例が増えたことも一因です。
こうした社会情勢を反映し、「免疫力を高める食材・レシピ」「リンパマッサージで自己免疫力アップ」など「免疫力向上」をうたう商品が氾濫しています。
しかし、こうした商品で私たちの「免疫力」は本当に向上するのでしょうか?
この問いに答えるには、そもそも「免疫」とは何か、「免疫力」とは何かをきちんと理解する必要があります。まず、そこからご説明しましょう。
野本亀久雄・九州大学名誉教授が提唱して広く知られている「生体防御機構」の考え方によれば、外部の異物から私たちの生命を守る仕組みは、①異物が体内に侵入するのを防ぐ仕組み(物理的・化学的防御)と、②体内に侵入した異物を排除する仕組みがあります。このうち後者を「免疫」といいます。
前者はまず、体の表面にある皮膚です。皮膚は厚い細胞層からなり、細菌やウイルスの侵入を防ぐ城壁の役割を持っています。
通常、皮膚には表皮ブドウ球菌など10種類の細菌が生息しています。このおかげで皮膚表面はpH5程度の酸性に保たれ、病原菌の侵入を阻むようになっています。
皮膚の次は粘膜です。口、喉(のど)、目、鼻の内部、気管、肺、腸管、尿道、膣(ちつ)などが外界と接する防御壁です。口では唾液がバクテリアを分解し、目では涙が、尿道では放尿が異物を洗い流します。
また、肺は生存に必要な酸素交換だけでなく、外敵侵入の防護壁の役割もあります。口や鼻から吸い込まれた空気に含まれる異物は、まず鼻毛で捕まります。
それで捕まらない異物もほとんどは気管と気管支の粘膜上皮細胞にある繊毛により外へ運ばれ、痰となって体外に排出されます。
一方、後者の免疫には「自然免疫」と「獲得免疫」の2種類があります。
自然免疫は、好中球やマクロファージ、樹状細胞などの白血球が異物を食べて取り込む仕組みと、NK(ナチュラルキラー)細胞というリンパ球が感染細胞を攻撃する仕組みです。
これに対して獲得免疫は、自然免疫で排除できなかった異物に対して働く防御の仕組みです。
これにはB細胞のように「抗体」が異物に対して特異的に反応して排除する「体液性免疫」と、キラーT細胞のようにがん細胞や感染細胞を排除する「細胞性免疫」があります。
新型コロナウイルスは、前述の防護壁をくぐり抜けて肺胞までたどり着きます。通常肺胞にはマクロファージがいて、ウイルスを食べて無毒化します。
ところが、新型コロナウイルスには歯が立たないため、肺胞が破壊されて呼吸困難に陥ります。そこでB細胞が増殖・分化した形質細胞から新型コロナウイルス(抗原)に合わせた抗体を放出し、無毒化しようとします。
メディアなどで時々名前の出てくる「抗体検査」は、この抗体の有無を検査するものです。
免疫とはもともと、一度伝染病(疫病)にかかると同じ疫病から免れる、つまり二度目はかからないことを指していました。
つまり、免疫とは獲得免疫のことを意味していたのです。現在は生体防御の仕組み全体を「広義の免疫」とも言います。
2. 免疫力を上げるXXXにご用心
以上より、免疫力を上げるとは「生体防御の力」を上げることを意味し、①皮膚や粘膜による防護壁の力、②自然免疫の力、③獲得免疫の力、のいずれかを上げることになります。
冒頭に取り上げた商品・サービスで免疫力を上げるという場合、②の自然免疫の力を対象としていることが多く、その大半がNK細胞の活性を上げることを指しているようです。
免疫で重要なのは、どの病原体に対して何の防御因子が最も効果的かが異なることです。
例えば肺炎菌に対しては抗体に活躍してもらう必要がありますが、この時にNK活性を上げる策を打っても効果は薄くなります。
また何の防御因子が、体のどの場所で最も効果を発揮するかが異なります。例えば腸には多くの免疫細胞が存在しますが大半が腸で働くものであり、通常のNK細胞とは異なります。
このように免疫力とは、特定の食品やサービスのみで向上するほど単純ではありません。「免疫力を上げるXXX」は眉唾だと思ったほうがよいでしょう。
3. 新型コロナウイルスに対するワクチンの課題
さて、皆さんの大きな関心は、新型コロナウイルスに対する「ワクチン」がいつ頃できるのか、それによってコロナ禍がいつ頃収束するのか、ではないでしょうか。
ワクチンとは、病原体から作られた無毒化あるいは弱毒化された「抗原」を投与し、病原体に対する体内の「抗体」の産生を促し、感染症に対する「獲得免疫」を得るものです。
現在、欧米や中国を中心に複数の企業がワクチンの開発を進めており、幾つかのワクチンでは、実際にヒトに投与して、安全性や有効性などを検証する臨床試験が進んでいます。
しかし、感染症が専門で政府の委員も務めている東北大学 押谷仁教授によれば「有効なものができる確率は低い」とのことです。
新型コロナウイルスに対するワクチン開発が難しい一つ目の理由は、ワクチンの接種により「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象が起きることです。
本来、ウイルスなどから体を守るはずの抗体が、免疫細胞などへのウイルスの感染を促進し、ウイルスに感染した免疫細胞が暴走し、症状を悪化させてしまうのです。
また、再感染した若い患者が重篤化した例が海外で多数報告されており、中途半端な免疫が悪さをしている可能性が指摘されています。
二つ目の理由は、新型コロナウイルスは遺伝子変異が起きやすく、開発されたワクチンが必ずしも効かない可能性があることです。
生体防御が専門の東北大学 小笠原康悦教授の最新の論文によれば「ウイルスの型が異なる海外ワクチンについては、ワクチンの効果を確認する必要性がある」とのことです。
今回の話で悲観的になられる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、長い歴史のあるインフルエンザ・ワクチンですら、感染防御効果は限定的であることをご存知でしょうか?
インフルエンザ・ワクチンの感染防御効果が限定的でも、私たちはインフルエンザをもはやそれほど脅威だと思っていませんね。
ウィズコロナ時代とは、文字通り「新型コロナウイルスと共に生きる時代」です。まもなく「感染して当たり前」と言われるようになるでしょう。
その際に重要なのは、重症化リスクを下げておくことで、前回お話した基礎疾患を改善・予防することが大切なのです。