
スマートシニア・ビジネスレビュー 2025年6月5日 Vol.247
国民的スターだった長嶋茂雄さんがお亡くなりになった6月3日は、私の亡き母の誕生日でした。
母は脳梗塞で倒れた後、左脚に麻痺が残り、12年間の闘病後に亡くなりました。
このせいか、母と同じく脳梗塞で倒れた後、右半身に麻痺が残り、懸命に闘病されていた長嶋さんのことが他人事に思えませんでした。
長嶋さんが患った脳梗塞は「心房細動」が原因
脳梗塞には主にアテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症の3つのタイプがあります(図1)。長嶋さんが患ったのは心原性脳塞栓症です。これは不整脈の一つである「心房細動」に起因して発症します。
心房細動は、心臓に入る血液が集まる「心房」が小刻みにけいれんし、血液を送り出す「心室」が不規則に収縮した病態です。心拍数が1分間に100~150回以上にもなることもあり、心臓が速く不規則に動きます(図2)。
心房細動の怖い点は、心房の全体的な動きが悪くなることにより、心房内に血液が停滞し、血の塊である「血栓」が作られやすくなることです。
血栓が大動脈を流れて脳に届き、血管を詰まらせると脳梗塞を発症します。心原性脳塞栓症では、それまで全く問題のなかった脳血管が突然詰まるため、重篤な症状が突然出現します。
日本人を対象とした疫学研究で、高齢になるほど心房細動の起こる頻度(心房細動有病率)が上がること、男性の方が女性よりも有病率が高いことがわかっています(図3)。
ちなみに、元首相の小渕恵三さんやサッカー元日本代表監督のイビチャ・オシムさんも脳梗塞で倒れていますが、やはり心房細動によるものでした。
要介護になる原因の約6%が心房細動に起因する脳梗塞
厚生労働省の国民生活基礎調査2019年によれば、男性の場合、要介護になる原因のトップは脳卒中で全体の26%です。
脳卒中には脳梗塞、脳出血、くも膜下出血がありますが、脳卒中データバンクによる統計では、脳梗塞が76%と圧倒的に多く、次に脳出血が18.5%、くも膜下出血が5.6%です(図4)。
脳梗塞には前掲の3つのタイプがありますが、それぞれの発症頻度は、アテローム血栓性脳梗塞33%、ラクナ梗塞31%、心原性脳塞栓症28%、その他の脳梗塞8%と報告されています(図5)。
これらの数値から算出すると、要介護になる原因の6%が心房細動に起因する脳梗塞となります。男性の場合、骨折・転倒が5%なので、これよりも多いのです。
改めて心房細動は決して侮れないことがわかります。
どうすれば心房細動を早期に察知できるか?
では、この侮れない心房細動をできるだけ早期に察知するにはどうしたらよいのでしょうか?
結論から言えば、最新型の心電図機能を搭載しているスマートウォッチの着用で、心房細動を察知できます。
ただし、当該スマートウォッチの心電図アプリケーションが管理医療機器として登録認証機関の認証、または厚労大臣による承認を得ていることが取得データの信憑性の面から重要です。現時点で次の製品が該当します。
Apple Watch Series 10/Ultra 2
HUAWEI WATCH GT 5 Pro/D2
Garmin Venu 3/epix Pro/fenix 8
例えば、Apple の場合、2021年に厚労省より上記の承認を得ています。次の資料に細かい説明があります。
スマートウォッチは心房細動について何を知らせてくれるのか
以下、Apple Watchを例に説明します。1つ目は、不規則な心拍の通知です。
手首に装着したApple Watchがバックグラウンドで不定期に心拍を調べ、心房細動を示唆する不規則な心拍がないかを検知する機能があります。
最低65分以上の間に5回以上の不規則な心拍リズムが検出された場合に通知されます(図6)。
通常、安静時に正確性を高めるために測定され、通知を受け取った場合、過去に診断されていないユーザーには医師の診察を促します。
医師に相談するきっかけとなる重要な機能で、22歳以上が対象となっています。
2つ目は、心電図アプリによる心電図測定です。
iPhoneのヘルスケアアプリで設定後、Apple Watchのデジタルクラウンと背面の電気心拍センサーを使用して測定します。
人差し指をデジタルクラウンに添えることで、第1誘導心電図に似た単極誘導心電図を手首で測定できます(図7)。
測定結果は次の4つに分類されます。
- 洞調律:心拍数50-100の間、心房と心室の拍動が同期、一定のパターン
- 心房細動:心拍数50-150の間、心臓が不規則なパターンで拍動。診断歴がない場合は医師の診察を促す
- 高心拍数または低心拍数:心拍数が50を下回る、または100を上回る場合
- 判定不能:記録を分類できない場合。ペースメーカー使用、認識できない不整脈、動きすぎ、Apple Watchが緩いなどが原因
測定結果はiPhoneまたはiPadのヘルスケアアプリに保存されます。この情報をPDFとして書き出し、医師と共有できます。
最近は、スマートウォッチの心電図機能の計測結果を、医師に相談できる専門外来「スマートウォッチ外来」も増えています。スマートウォッチ外来をうたっていなくても、循環器科や循環器内科の医師がいるところなら、問題なく診察してくれるようです。
注意点は、これらの機能は心房細動の兆候の検出をあくまで補助的に行い、受診を促すもので、決して従来の医師による診断に代わるものではないという点です。この点は前掲の厚労省による承認資料にも何度も記載されています。
スマートウォッチ以外で心房細動を察知できる方法は?
その1 脈診:自分の手で脈を測る
手首に指を押しあてて脈を測る方法です。測り方は、時計の秒針を見ながら15秒間手首で脈を数え、その数を4倍して、1分間あたりに換算します。正常な脈であれば、1分間に60~80回で、リズムが一定のはずです。
脈診の仕方は日本脳卒中協会作成の次の動画が参考になります。
脈がバラバラの不整脈、心房細動に注意しましょう。心房細動があると脳梗塞になりやすいのです。でも薬で予防できます。制作:日本脳卒中協会 日本不整脈学会 心房細動週間事業合同実行委員会
難点は、忙しいビジネスパーソンの人にとって、脈診を自分で行うという作業が面倒くさく、長続きしない可能性が高いことです。
その2:家庭用心電計で測る
機種の例は次の資料をご覧ください。
スマートウォッチが登場するまで、家庭用計測器の標準でした。難点は、自分の身体の数か所に測定用の電極を貼る必要があり、貼る場所の選択にもコツが必要で、面倒なことです。
その3:病院・クリニックで心電図検査を受ける
多くの人は定期健康診断や人間ドックで心電図検査を受けると思います。しかし、ほとんどの場合、検査頻度が年に一度程度なので、検査しない間に問題が起きる可能性があります。
また、自覚症状がないのに、心電図検査だけを受けに病院に行くというのは敷居が高いでしょう。
一方、健康診断では異常が見られなかったのに、のちにスマート・ウォッチで心房細動を発見できたとの話も実際にあります。
その4:家庭用血圧計の脈拍数計測で大雑把に確認
家庭用血圧計には脈拍数計測機能があるので、通常値よりも早いか遅いかは数値でわかります。
また、計測時に脈を打つ知らせがハートマークの点滅で表示されるので、正常か不整脈かは大雑把にわかります。ただし、心電計に比べるとかなり大まかなので、おまけのようなものと考えた方がよいでしょう。
参考:55歳を過ぎたら毎日血圧を測りましょう
血圧が高い状態が長く続くと動脈硬化が起こり脳出血や脳梗塞などの脳血管疾患、心筋梗塞などの心疾患の原因となる他、心臓が肥大化して心不全になることもある。動脈硬化や心臓肥大は自覚症状なしに進行するため高血圧はサイレント・キラー(沈黙の殺し屋)と呼ばれる。高血圧による動脈硬化は要介護になる主因のため自分の血圧がどの範囲にあるのかを毎日計測して傾向を把握することが重要だ。
同じ轍を踏まないようにするのが私たちの務め
以上、長嶋茂雄さんのご逝去をきっかけに、国民的スターを脳梗塞発症に至らしめたものと早期発見の方法についてまとめてみました。お読みいただいた方の何らかのお役に立てれば幸いです。
長嶋さんが脳梗塞で倒れた2004年3月4日には、Apple Watchはおろか、iPhoneすら世の中に存在していませんでした。(日本でiPhone が初めて発売されたのが2008年7月11日)
現代を生きる私たちは、幸いこうした文明の利器を使うことができます。活用できるものは活用し、長嶋さんや私の母など先人のご苦労を無駄にせず、同じ轍を踏まないようにするのが私たちの務めだと改めて思いました。