スマートシニア・ビジネスレビュー 2009年8月3日 Vol.132
先月、知り合いに連れられて、アメリカ東北部のマーサズ・ヴィニヤードという島を初めて訪れる機会があった。
私は知らなかったのだが、この島はアメリカ人にとっての
夏の避暑地であり、多くの著名人が夏に訪れる所らしい。
クリントン元大統領夫妻(妻はヒラリー国務長官)は常連で、
今年はオバマ一家も休暇を予定しているとのこと。
ジョン・F・ケネディ未亡人のジャクリーンも
かつてこの島に住んでおり、
ポール・マッカートニーの家もあるらしい。
島の人気スポットという「ファーマーズ・マーケット」を訪れた。
文字通り「農家の市場」で、島で農業を営んでいる人たちが、
一同に会して自分が作った農産物を売るところだ。
古い教会の脇の広場に、小さなテントを立て、
即席の店舗をつくり、各自の産物を売っていた。
そこで常に長い行列ができている人気店が目に付いた。
何がそんなに人気があるのだろうと思っていたら、
意外なことに「レモネード」を売る店だった。
レモネードという飲み物は日本人には
ほとんどなじみのない飲み物だ。
西洋では17世紀から存在する歴史の長い飲み物らしいが、
私にとってのレモネードのイメージは
「レモンの味はするものの、甘ったるく、
口当たりの悪い、まずい飲み物」だった。
だが、その店のレモネードは、
私のイメージを大きく裏切った。
それは、とれたての新鮮なレモン果汁に
ほんのりとした甘さを加え、細かい氷で割ったもの。
これが実にさっぱりとした爽やかな口当たりなのだ。
夏の炎天下にこれほど完璧に合致した飲み物が
他にあるのだろうか、と感じた。
市販のものは、名前はレモネードでも、
中身は似ても似つかぬものになっていることを知った。
さらに、このレモネード売りが興味深かった。その理由は、その製造の様子である。
レモン搾り機がまるで昔の手汲み井戸ポンプのようなのだ。真ん中の尖がった所に横半分に切ったレモンを置き、井戸ポンプのハンドルを下げると、レモンが搾られるようになっている。
そして、いかにも職人気質風の年配のおじさんが、
自分が栽培したレモンを使って、
一つひとつ手作りでレモネードを作っていく。
レモネードを注文した子供たちは、
お金を握りしめながら、
それをきらきらした目でじっと待っている。
その手汲み井戸ポンプのようなレモン搾り機を見たのは
確かに生まれて初めてだったのだが、
なぜか、とても懐かしく感じた。
その理由は、このレモネード屋が、
子供の頃、夏祭りや縁日の時に楽しんだ
「的屋(てきや)」に似ていたからだと思う。
地球の反対側の果ての地まで行って、
生まれて初めて見たものが、
昔懐かしい日本の風景に似ていたのは
まるでタイムマシーンに乗って移動したかのようだ。
だが、仮に30年前に、この地を訪れたとしたら、
果たして、その風景を懐かしいと思っただろうか。
沢木耕太郎の言葉である。
「五十代になって二十代の旅をしようとしてもできない。残念ながらできなくなっている。
だからこそ、その年代にふさわしい旅は、
その年代のときにしておいた方がよい」
(沢木耕太郎/旅する力 深夜特急ノート 新潮社)
もちろん、その年代にふさわしい旅は、
人によって、いろいろあるだろう。
今の自分にとってふさわしい旅とは、いったい何か。
そんな問いが生まれたアメリカ滞在だった。
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