シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第178回
朝ドラを観る人は昭和文化を「世代原体験」に持つ
新元号「令和」の発表後、「平成最後の○○」といった商品・サービスがちょっとしたブームになった。
だが、中高年を対象にした場合、「平成」よりも「昭和」を時代設定にしたものが圧倒的に多い。例えばNHKの朝の連続ドラマの時代設定は、戦前・戦後、高度成長期の昭和がほとんどだ。
実は朝ドラを好んで観ている人の共通点は、昭和文化を「世代原体験」に持っていることだ。世代原体験とは特定の世代が20歳頃までに共通にもつ文化体験をいう。
食生活、文学、音楽、映画、漫画、テレビ番組、ファッション、スポーツ、生活環境などがある。20歳頃までの体験が世代原体験になる理由は、脳の器質的な発達が20歳頃までであることに関係がある。
重要なのは、世代特有の嗜好性の多くが世代原体験により形成される点だ。それが齢をとってからの消費行動に影響を与えることがあり、その一つを私は「ノスタルジー消費」と呼んでいる。ノスタルジー消費は当該世代が40代になるとよく見られ、そこには心理行動学的な理由がある。
一般に20代から30代は進学、恋愛、就職、結婚など初めての体験が多く、夢中で取り組み、わくわく感が多い時期だ。だが40代を過ぎると生活が平板化して目新しいことが減り、以前のようなわくわくする機会は減りがちだ。この反動として刺激を求めるようになる。
ノスタルジー消費が起きる理由の一つは認知機能低下
ノスタルジー消費の特徴は「新しいもの」より「昔なじんだもの」を求める傾向が強いことだ。理由の第一は、脳の認知機能の低下により新しいことの学習がおっくうになるためだ。
一般に加齢とともに私たちの認知機能、例えば知覚速度、推論、記憶、流暢性などが衰えていく。特に作動記憶(ワーキングメモリー)の量が減っていくと、新しいことの理解に時間がかかるようになり、面倒くさくなる。このため「新しいもの」より「昔なじんだもの」の方が楽で安心なため求めたくなるのだ。
理由の第二は、昔なじんだことには「追体験効果」が出やすいためだ。記憶は一般に情動を伴うので、情動的な体験をすると記憶に残りやすい。また、その記憶を思い出す時に情動も一緒に追体験される。
このため昔なじんだ文化体験に近いものに触れると当時の記憶が呼び起こされる。すると当時経験した情動も一緒に呼び起こされ、若くて元気で幸せだった頃の自分を追体験する。これが脳内の「ドーパミン神経系」と呼ばれる神経ネットワークの活性化につながるのだ。
ドーパミンは中枢神経系に存在する神経伝達物質の一つだ。昔は快楽物質と呼ばれたが現在では「元気」や「やる気」、「求める気持ち」を生み出す役割があると考えられている。昭和世代の主婦が朝ドラを観ると元気になるのには、こうした背景がある。
昭和生まれには昭和文化商業施設群が心地よい
ちなみに私の事務所のある東京・日本橋室町界隈は再開発が進み、コレド室町など新たな複合商業施設が目白押しだ。
だが隣接する日本橋本町界隈には昔ながらの「昭和」を感じる飲食街がまだ多い。飲み屋もラーメン屋も店の造りは昔のままで昭和歌謡のBGMが延々と流れている。こうした店への来店客の大半は見るからに昭和生まれだ。
人生100年時代には昭和生まれがマジョリティの状態がしばらく続く。高層ビル主体の小綺麗だが落ち着かない商業施設より昭和文化を感じられる商業施設群を維持する方が顧客の支持を得られやすいだろう。
昭和の街並みを再現すれば受けるわけではない
ちなみに昨年5月にオープンした「西武園ゆうえんち」や「台場一丁目商店街」のように昭和の街並みを再現したような施設が少しずつ増えている。
ところが、こうした施設の来場客は50代以上の中高年よりも10代から20代が圧倒的に多い。台場一丁目商店街の客層は10~20代が8割という。
10~20代にはこれまで見たことがない「新しさ」が受けているが、昭和文化を「世代原体験」に持つ人には「造り物」に見え、わざわざ高額な料金を払って行こうという気にならないからだ。外見の模倣ではなく、追体験できる仕掛けが重要だと言えよう。