なぜ、後半生に他人の役に立ちたくなるのか?

シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第175回

退職者がボランティアをしたくなる理由

「スーパーボランティア」として有名な尾畠春夫さんの収入は毎月5万5000円の国民年金のみ。82歳の後期高齢者で収入も決して多くない彼がボランティア活動に注力し続ける理由は何か。

アメリカのNIH(国立衛生研究所)の一つ、国立エイジング研究所の初代所長で、心理学者のコーエンは、3000人を超える退職者インタビューから興味深い知見を得ている。

それは「あなたにとって、人生の意味や目的を感じさせるものは何ですか」という質問に対して、あらゆる人が「他人の役に立つこと」と答える、と語っていることだ。それも収入のレベル、人種、文化的背景に関係なく、あらゆる人がそう答えているとのこと。

コーエンは「人間はそもそも『より大きな善きことのために貢献したい』という慈善心に富んだ崇高な衝動を抱いていることを示している」と語っている。だが、こうした考えにはキリスト教の影響が強い気もする。

一方で、こうした恩返しはしたいが、ボランティアはやりたくない、という人も多く存在する。特にビジネスの世界で利害関係でのみ行動してきた人には、無償で何かの労働を提供することに抵抗感を持つ人も多い。

だが、尾畠春夫さんも含めてキリスト教の影響を受けていないがボランティアに取り組む人が日本にはたくさんいる。これはどう解釈すればよいのか。

中年期を過ぎると他人からほめられる機会が減る

誰かの役に立つとその人から感謝される。「あなたのおかげで助かったよ、ありがとう」などと言われると誰しも嬉しいものだ。特に中高年になると他人から感謝されることが若い頃に比べて一段と嬉しく感じるようだ。

この理由の一つは、中年期を過ぎると他人から感謝されたり褒められたりする機会が減っていくことだ。職場なら中間管理職以上の立場であり、部下を褒めることはあっても、自分が褒められることはあまりない。

一方、家庭では親が同居していない限り、男性も女性も最年長者であり、褒めてくれる人はまずいない。だが、人は誰でもいくつになっても褒められたいものだ。

他人からの感謝という心理的報酬で元気が出る

もう一つの理由は、他人から感謝されたり褒められたりする行為が「心理的報酬」であることだ。こうした行為により脳内の「報酬系」が活性化し、ドーパミンの分泌が促されて元気が出ると考えられる。

心理的報酬を受けているときの脳を機能的MRIで見ると、報酬系の中枢である「線条体(せんじょうたい)」が活性化していることが東北大学の研究でわかっている。

一方、金銭的報酬を受けるときに活性化する脳の中枢が同じ線条体であることもわかっている。このために研究者のなかには心理的報酬はお金に置き換えられるという人もいる。

しかし、私たちは同じ報酬でも、「金銭的報酬」と「心理的報酬」が異なる性質のものだと認識している。この理由は、報酬が「何によって」もたらされているのかを大脳の前頭葉で認知し、その性質の違いを識別して記憶しているためと考えられる。

心理的報酬が幸福感を高め健康状態を改善する

高齢期になると多くの人は、誰かの役に立つことをしたくなる。その理由は金銭的報酬より、人から感謝されることで自分が幸福を感じるといった心理的報酬が好ましくなってくるからだ。

ボランティア活動等の利他的活動をしている人は、していない人よりも健康状態が良く、幸福感が高いという研究結果もある。心理学者のフライによれば、幸福と感じている人は不幸と感じている人よりも約14%長生きすると推定されている。

心理的報酬機会が多くあると高齢期にも精神的に豊かな生活を送ることができる。これが重要だ。

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