スマートシニア・ビジネスレビュー 2022年6月30日 Vol.234
カンヌ国際映画祭で特別表彰された話題の作品「PLAN75」
人口減少も人口高齢化も「連続的」に進行しているにもかかわらず、私たちがその変化に気が付くのは「不連続的」です。私たちは何か大きな社会的出来事がきっかけで高齢化の進展を認識することが多いようです。
今回はカンヌ国際映画祭で日本人の早川千絵監督の作品「PLAN75」が「ある視点」部門のカメラドール特別表彰に選ばれたことで、高齢化率29.1%(2021年9月15日現在)で世界一の超々高齢社会・日本を再認識させられました。
この映画は、仮に近未来に「PLAN75」という制度が国の政策として導入されたとしたら、何が起こるのか、人々はどう反応するかを示したものです。
「PLAN75」とはどういう制度か
「PLAN75」とは、75歳を過ぎると自分がいつ死ぬかを選択できる制度のようです。実は映画のなかではこの制度をきちんと説明するシーンが見当たりません。
映画に出てくる断片的なシーンから想像すると、制度を選択すると契約時に一時金10万円が支給され、自分が死を希望する年齢が若いほど経済的インセンティブが多く支払われるようです。
これには生前の高級リゾート旅行費や亡くなってからの葬儀費用や埋葬費用なども含まれています。
「PLAN75」の制度設計の考え方は、ある人が長生きすることによる必要な社会的費用(社会保障費など)よりも、なるべく若い年齢で死んでくれた方が経済的インセンティブを支払っても一人当たりの社会的費用が少なくなる、といったところでしょう。
近未来社会として描かれている世界が現実感をもって迫ってくる
この映画は「PLAN75」という架空の制度が導入された近未来社会を描いています。
ところが、高齢を理由に職場から解雇される場面や、一人暮らしの高齢女性の友人が孤独死をする場面など、制度以外に描かれている場面のほとんどが、実は近未来でなく既に現実に起きていることばかりです。
これが、この映画が単なる近未来のフィクションのように感じられず、描かれている世界が現実感をもって迫ってくる大きな理由です。
特に印象深いのは、倍賞千恵子が演じる角谷ミチが、PLAN75のサービスとして提供されるコールセンター担当者との最後の会話のシーンです。
河合優実が演じる相手役の成宮瑶子に対して、電話の受話器を持ちながら「ここまで相手をしてくれて本当にありがとうございます」と深々とお辞儀をするシーンを観て、私は涙が止まりませんでした。
倍賞千恵子の演技があまりに自然体で、役を演じている女優というより、これまで苦労して必死に真面目に生きてきた一人のおばちゃんが目の前にいて、これから死にゆく場所へ向かう。その人をスクリーンの中に行って抱きしめてあげたい衝動に駆られました。
これ以上はネタバレになるのでここでは書きませんが、こうしたキャスティングと脚本がこの映画の大きな魅力だと思います。
PLAN75から何を学び、どうアクションを取るかが重要
映画では「PLAN75」という架空の制度導入という物語を通じて、超々高齢社会・日本が抱える大きな課題に対する問題定義をしています。しかし、解決策を示しているわけではありません。それはこの映画の目的ではないからです。
「PLAN75のような制度はよくない」「こんな制度はうまくいくわけがない」と言うのは簡単です。じゃあ、どうするか?それを考え続けるきっかけにしてほしい、というのが早川監督の意図のようです。
私はこの映画を観た2日後に、シルバー人材センターの役職員の方を対象に講演する機会がありました。
角谷ミチの姿を見て、いくつになっても働く意思がある人には何らかの形で働く機会があることが重要だと痛感していた私は、2日後にシルバー人材センターの皆さんに講演機会があったことが単なる偶然とは思えませんでした。
よい映画というのは、いろいろな解釈が可能な「複線的なメッセージ性」をもっています。そして、見る人間の立場や見るタイミングによって、豊かな想像を掻き立ててくれる力があります。
この映画もそうした力をもつ映画だと思います。
〈プラン75〉に翻弄される人々が、最後に見出した答えとは―― 倍賞千恵子 磯村勇斗 たかお鷹 河合優実 ステファニー・アリアン 大方斐紗子 串田和美/脚本・監督 早川千絵
高齢者は自然災害が起きると災害弱者とみなされる。だが東日本大震災の時にも元気な高齢者は高台に逃げて助かっている。高齢者だから災害弱者なのではない。自立力が重要だ