2012年3月10日号 シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第60回
ここ数年、エイジフレンドリーという言葉が日本のみならず、多くの国で目につく。エイジフレンドリーとは、もとは英語でage-friendlyと表記する。直訳すると「年を取ることに対して親和性が高い」の意味で、日本では「高齢者にやさしい」と訳されることが多い。
エイジフレンドリーという言葉が最近目につく理由の一つとして、WHO(世界保健機関)が提唱するAge-friendly Cities(エイジフレンドリー・シティーズ)の動きが広がり始めていることが挙げられる。この動きは「高齢者にやさしい都市」というコンセプトに基づき、定められたガイドラインに従って市民参加型で街づくりを進めるものだ。
もう一つの理由としては、日本のみならず多くの国で高齢化が進み、これに対応した商品やサービス、店舗つくりやインフラ整備に対する意識が高まっていることも挙げられる。
こうした「高齢者にやさしい」モノ・サービス・インフラづくりの動きは今後ますます進展する社会の高齢化への対応策として歓迎すべきものである。その一方で「高齢者にやさしい」ことを一つの側面だけに偏りすぎると陥ってしまう落とし穴がある。
「高齢者にやさしい」街づくりの最初の例は、1960年代にアメリカアリゾナ州に建設されたサンシティ(Sun City)である。このサンシティは、入居者の年齢を55歳以上に制限した初の居住コミュニティだ。年齢制限のために、開設当初多くの論議があったが、当時55歳以上で若い世代との同居を好まない人たちに支持され、その後全米各地に何か所か同様のコミュニティが広がっていった。
しかし、建設から30年、40年と経過するにつれ、いろいろな問題が出てきた。最大の問題は、コミュニティの居住者が高齢者ばかりになってしまったことだ。入居当初は55歳以上限定の割に活気があったのだが、年月の経過とともに徐々にコミュニティの活気が失われていった。たとえば、住民組合の代表が、何か新たな取り組みをしようと呼びかけても、「自分はもう先が長くないから、今のままでいい」などと後ろ向きな態度で対応されることが多くなったのだ。
「高齢者にやさしい」ことの落とし穴の例は他にも見られる。NTTドコモのらくらくホンは「高齢者にやさしい」携帯電話のパイオニアである。最初のモデルからこれまでにのべ1800万台以上売れたが、実は初期段階ではそれほど売れなかった。消費者への知名度が低かったせいもあるが、当初のモデルは、ユニバーサルデザインを全面的に採用し、高齢者にとって機能面での使いやすさを前面に出したものだった。
確かにディスプレイの字は大きく見やすかったし、操作ボタンも大きく押しやすく、老眼の人でも使いやすいと評判だった。また、耳の遠くなった人でもはっきりと聞こえる音声補整が施されていたり、握力の落ちた人でも握りやすく落としにくい形状であったりと機能的にはそれまでの携帯電話にはない優れたものだった。
にもかかわらず、当の高齢者のなかには「らくらくホンなんて使いたくない」という意見が根強くあった。その最大の理由は「製品のデザインが年寄り臭くって、それを持っていると年寄り扱いされるのが嫌」というものだった。周りから年寄だと見られていても、本人はまだそれほどだと思っていない人は案外多い。仮に自分は年寄だと認識をしていても、まだ自立して元気に生活できるうちは、周りの人に「あなたは年寄」だと言われたり、老人扱いされたりするのは嫌なものだ。
NTTドコモでは、その後検討を重ね、「高齢者にやさしい」機能は従来以上に強化したうえで、デザイン面で、もっとスタイリッシュで、年寄臭くないモデルを開発した。その一つ「らくらくホンベーシック」シリーズは、発売以来、中核モデルとして、毎月の売れ行きトップ10位に常時ランクされるほどの人気機種となった。
らくらくホンの例が示しているのは、機能面で「高齢者にやさしい」ことが、デザイン面では「高齢者にやさしい」とは限らないことだ。
「高齢者にやさしい」とひとことで言っても、異なる多くの視点による吟味が必要なのだ。次回は別の種類の落とし穴についてお話ししたい。
*シルバー産業新聞社のご好意により全文を掲載しています。