不動産経済連載 団塊・シニアビジネスの勘所 第一回

imageシニアの資産の特徴は「ストック・リッチ、フロー・プア」

 

シニアの消費力が再び脚光を浴びている。団塊世代の最年長者である1947年生まれが今年65歳に到達し、大量の退職者による新たな市場が生まれるとの期待が大きいからだ。昨年後半から今年にかけて多くの企業においてもシニア層へのシフトが鮮明になっている。2007年問題として騒がれた5年前と同様、購買力に劣る若年層よりも消費力があると思われているからである。

 

しかし、企業の取り組みを見ていると、5年前の轍をまた踏むと思われる例が目に付く。相変わらずシニア市場を「人数が多い・金持ち・時間持ちマーケット」とみなしているからだ。果たしてそうだろうか。

 

わが国の総人口は減少傾向にあるものの、高齢者人口は今後も増え続けると予測されている。また、世帯主の年齢別の正味金融資産(貯蓄-負債)を見ると、60代以上が全世代のなかで最も大きい。さらに、世帯主の年齢別持家率でも60代以上が全世代のなかで最も大きい。つまり、資産ストックの面では、60代以上が最も保有していることがわかる。

 

ところが、年間所得を見ると、高齢者世帯の平均値は296.1万円であり、全世帯の平均値580.4万円の約半分と少ない。しかも、高齢者世帯の中央値は229万円であり、100万円から300万円の範囲で最も人数が多いことがわかる。つまり、所得フローの面では、60代以上は決して多くないのである。

このように、シニアの資産の特徴は「ストック・リッチ、フロー・プア」である。(これは和製英語で、英語ではassets rich, cash poorという)。このため、いざという時の出費は可能であり、また、それを可能とするために倹約志向が強く、普段の生活においては無駄なものには出費をしないという消費傾向になっている。将来に対する明るい展望が見られないために、シニアの三大不安(健康不安、経済不安、孤独不安)がストックをフローに変えにくくしているのが実態だ。

 

このため、ストックが多いからと言って、それが全て消費に回るわけではない。総務省統計局の「家計調査」によれば、世帯主の年齢階級別の世帯あたり1ヵ月間の消費支出の傾向は、世帯主の年齢階級別の1ヵ月当たりの所得にほぼ比例していることがわかる。これから明らかなように、普段の生活消費はストックではなくフローにほぼ比例する。

 

意外に知られていないシニア消費100兆円の中身

 

以前2007年問題が話題になった時、多くの調査会社やメディアが「シニア市場は100兆円の巨大市場」などと喧伝した例が見られた。ところが、2012年の今年も新聞等では再び「シニア消費100兆円」という見出しが目に付く。

 

確かに60歳以上の全消費は100兆円を超えていると推計されるが、この理由は60歳以上の人口が増えたからに他ならない。国連の World Population Prospects: The 2010 Revisionによれば、2011年度の日本の60歳以上の人口は 3901万人と推計されるので、一人当たりの消費は、第一生命経済研究所の推計値101.2兆円を用いれば、101.2兆円/3901万人=2575千円 =214,600円/月になる。シニア向け商品・サービスの提供者にとって重要なのは、この月額21万円強のうち、いくらを何に消費しているのかを知ることである。ところがこれが意外に知られていない。こうしたデータは、総務省統計局「家計調査」に詳しく掲載されている。

 

imageその家計調査で50代と60代以上の世帯とを比較すると、年代が上がるにつれて、支出全体は減り、費目ごとの金額もおおむね減っていることがわかる。しかし、詳しく見ると年代が上がるにつれて費目によって支出金額が増えているものもある。金額が減っているものは、教育費、被服・履物費、食費、教養・娯楽費である。(ただし、食費、教養・娯楽費は、支出全体における割合は増加している)

 

60代以上の世帯で教育費が減るのは子供が大学などを卒業するからだ。また、被服・履物費が減るのは、夫の退職でスーツや靴などの需要がなくなること、夫・妻とも体が弱り、外出機会が減ることなどが考えられる。食費が減っているのは家族の数が減ったことと食事の量が減ったことが理由と考えられる。

 

一方、年代が上がるにつれて金額が増えているものは、保健医療費である。身体機能の変化で体のあちこちに不具合が出やすくなることが大きい。逆に健康意識が強まることから、スポーツジムなど健康維持のための出費が増えることも要因だ。

 

他方、年代が上がっても金額が変わらないものは、住居費、光熱・水道費、家具・家事用品などの出費だ。(ただし、家具・家事用品は60代で出費が増え、70代で減っている)年代が上がっても住居費や光熱・水道費が変わらないのは、多くの場合、住んでいる家が変わらないためと思われる。

 

シニア向けに商品・サービス提供を考えている人は、「シニア消費100兆円」などという大雑把な数値ではなく、こうした年代による違いに加えて、費目ごとの数値を頭に入れておく方が役に立つだろう。