スマートシニア・ビジネスレビュー 2003年3月6日 Vol. 26
来週3月12日から16日までシカゴでNational Council on the Aging (NCOA) とAmerican Society on Aging (ASA)の共催による、年に一度のジョイント・コンフェランスが開催されます。この集まりは、アメリカ人を中心に、シニアビジネス分野の関係者がのべ4千人参加するもので、その規模と内容において日本では例のないものです。
5日間の会期中に、多くのキーノートレクチャー、ツアー、展示会などが開催されます。ITバブルの頃は、この手のコンフェランスや展示会があると、日本の旅行会社が「○○視察団」と銘打って、数十人規模で押しかけたものでした。最近は長引く不況の影響もあり、視察団の数も激減しており、今回のジョイント・コンフェランスに対してもそのような動きはないようです。
しかし、仮に、視察団としてこのようなコンフェランスに参加し、キーノートレクチャーや展示会に参加したとしても 恐らく大した情報は得られないでしょう。
なぜなら、本当に有益な情報は「ワークショップ(Workshop)」にあるからです。 ここに参加しなければ、本当の意味で「参加」したことにはならないのです。
アメリカにおける、このワークショップとは、一体、どのようなものなのでしょうか?
ワークショップとは、もともと道具や機械を使って何かをつくる「作業場」という意味があります。しかし、今回のような場合には、ディスカッション等への参加により、特定のテーマについて共に学ぶために集まることをいいます。この意味において、ワークショップとは「知の共同作業場」といえましょう。
ワークショップは、一般にテーマごとのレクチャーまたはパネル・ディスカッションと、ブレーク・アウト・グループと呼ばれる小グループでのディスカッションとで構成されます。ワークショップの間に、これらを何度か繰り返し、参加者どうしがテーマに対する理解・情報共有を深めていきます。
レクチャーにおいても話が終わると聴衆から矢のように質問が飛び交います。また、レクチャーの途中で質問が出ることも、しばしばあります。日本では話し手が話をしている最中に質問をされるケースがほとんどないのに対し、向こうでは割と頻繁にあります。ただし、質問している人は、単にやみくもに割り込んでいるのではなく、絶妙のタイミングで質問を投げかけてきます。
レクチャーですらかなりの質疑が交わされますが、圧巻はブレイク・アウト・グループによるディスカッションです。レクチャーでのメインテーマから一歩踏み込んだ議論を、少人数でインタラクティブにおこないます。人数は6、7人から多くても10人程度。ファシリテイターと呼ばれる仕切り役が会の進行を務めます。
ところが、日本人がこのブレイク・アウト・グループに参加するのは、一般に敷居が高いようです。その主な理由は、①言葉、②時差、③スタイルの違いです。
当然ながら議論は全て英語。しかもかなり早口の場合が多い。そして、英語特有の言い回しが頻出する。議論が進んでいくうちに、何を話しているのかわからなくなり、議論についていくだけで精一杯という状況になりがちです。
また、西海岸でも日本との時差は7時間。これが東海岸になると10時間あり、ほとんど昼夜逆転状態となります。しかも、地球の自転の方向と、体内時間との関係から、日本からアメリカに向かうのが最も体につらい時差ぼけとなり、現地に到着した日の夜は最もきついタイミングとなります。
しかし、言葉や時差のハンディ以上に日本人にとって大きいのは、やはり、スタイルの違いでしょう。一番の違いは、とにかく向こうの人は「自分の意見をよく発言する」ということです。
日本での研究会や勉強会という比較的小グループの集まりで、よく見られるのは、そのような場で何も発言をせず、黙って人の意見を聞いているだけの人が多いことです。つまり、自分から情報を提供せずに、その場から情報入手だけをしようとする「覗き見」の傾向が強い。
また、自分の考えを一人称(私は、こう思う、というスタイル)で発言できない人も多い。もちろん、会社の業務として参加した場合、会社の方針に関わる発言は、それなりの考慮が必要な場合もあるでしょう。このような状況は当然アメリカにも多々あります。
しかし、このようなスタイルの違いの原因は、グループ討議の場に対する認識の違いによると思われます。ワークショップという場を、多くのアメリカ人は、「知的グループワークの場」だと思っているのに対し、多くの日本人は、「参加する人からの情報収集の場」だと思っているのです。このため、そこに参加する際の基本ルールに対する認識が大きく異なっています。
多くの日本人は情報を得るために、できるだけ人の話を聞こうとする。自分では質問をせず、ひたすら聞いて、詳細にメモを取ることが参加のルールだと思い込んでいるフシがあります。
これに対し、できるアメリカ人は、話し手の話が終わった瞬間に、鋭い質問を次々と浴びせかけてきます。なぜなら、より質の高い情報を得たいと思ったら、そのような情報を引き出すための「深い問い」を投げかけることが最も効果的だからです。つまり、相手への質問という形式で、実は高度な智恵の発信をおこなっているのです。
興味深い話をしてくれた話し手に対して、話し手がそれまで気づかなかった物の見方・捉え方を質問者が提示することで、話し手自身も学ぶことができる。このような「知的協働」を積極的におこなうことが、相手に対する礼儀であり、参加のルールだと暗黙に認識しているのです。
世界情勢が緊迫するこのタイミングに、なぜ、あなたはアメリカに行くのか、と何人かの人に質問されました。それは、単にアメリカのシニアビジネスの状況を把握したいということではありません。
それは、このような時勢においても、心ある専門家たちが一同に集い、21世紀の高齢社会について真剣に議論しあう「知の共同作業場」に一メンバーとして参加したいから。
そして、日本では一面的に捉えられがちなアメリカという国の、多様性を許容する奥行きの深さを肌で感じてみたいからなのです。