減塩食の例

2月7日 クラブツーリズム 旅と人生を楽しむ スマート・エイジング術

高齢者を対象にした「減塩食」が花盛り

高血圧は心血管病の最大の危険因子で、高血圧に起因する死亡者数は年間約10万人と推定されています。

こうした背景の下、高血圧で悩む高齢者を対象にした「減塩食」が花盛りです。減塩気配り御膳、減塩レシピ、減塩配達食など、様々な減塩食が世に出ています。

しかし、実際食べてみると、残念ながら高額な割に「まずい」ものがほとんどです。実はこうしたまずい減塩食に対する文句は、老人ホームでのクレームの筆頭でもあります。

塩分少なめでも美味しく食べられる方法は、焦がし醤油や焼いたベーコンの「香り」を添加する、おしゃれな器で「見た目」の美しい盛り付けをするなどの方法があります。

これらの方法は、『「おいしさ」というのは「味覚」や「嗅覚(きゅうかく)」、「体性感覚」、「記憶」などを脳で統合して感じるもの』という食心理学の知見に基づきます。問題はそれをコストの制約の中でいかに実現するかです。

減塩食は必ずしも高齢者の高血圧対策になっていない

しかし、問題の本質は、そもそも減塩食が本当に高齢者の高血圧対策になっているのかという点です。

高血圧症の90%以上は、明確な原因が特定できない「本態性高血圧症」と呼ばれるものです。これは塩分だけでなく、多くの因子が絡み合って発症する「多因子疾患」と考えられています。

この症状の人は「食塩感受性」と「食塩非感受性」の二つのグループに分けられます。食塩感受性の人は食塩の摂取で血圧が上昇しやすく、減塩で速やかに血圧が下がります。

一方、食塩非感受性の人は食塩を多く取っても血圧上昇は軽度です。ということは、減塩してもほとんど血圧は下がりません。

近年の研究で、この食塩感受性は特定の遺伝子で規定されることがわかってきました。実は食塩感受性の遺伝子を持つ人は日本人全体の二割程度と言われています。

ということは、減塩食を食べても高血圧症の改善が期待できない人がかなり多いことになります。

遺伝子診断で「まずい」減塩食を食べる必然性がなくなる

ゲノム医療の最先端研究拠点である東北大学東北メディカル・メガバンク機構の山本雅之機構長によれば、採血による遺伝子診断で食塩感受性の有無は容易に鑑別され、個々の症例に応じた、より的確な治療・予防が近いうちに可能になるといいます。

例えば、ある人が食塩感受性遺伝子を持つことがわかれば、1日5グラム以下といった食塩摂取制限により高血圧の発症を予防できるようになります。

一方、この遺伝子を持たないことがわかれば、たとえ高血圧症でも、食塩制限はあまり必要でないと判断されます。そうなれば、冒頭の「まずい」減塩食を食べる必然性はなくなります。

もちろん、この場合、減塩食以外の別の高血圧症対策が必要なことは言うまでもありません。

言いたいことは、高血圧症だからと一律に減塩食を強制的に食べさせられている高齢者が、最新の科学的なエビデンスに基づけば、食べたいものを食べられる自由度が上がることです。

ゲノム医療の重要ターゲットは、本態性高血圧症のような多因子疾患のリスク予測になってきています。この理由は多遺伝子のリスクスコアに関する研究が近年大きく進展し、多因子疾患の発症リスク予測が比較的容易に実施できるようになりつつあるためです。

「高血圧には減塩食」という常識が、実は常識でなくなる時代はすぐそこに来ています。減塩食を食品としている企業は、近い将来、商品戦略の大幅な見直しが必要となるでしょう。

東北大学スマート・エイジング・カレッジ 参加者の声