先見経済1月10日号 連載 親と自分の老い支度 第12回

先見経済1201_表紙制度だけでは、相続トラブルは予防できない

 

「五七歳の長男の彼は、奥さんと子供と東京住まい。妹夫婦が大阪にある実家のそばに住んでいるものの自営業のため、八三歳の母の面倒を見るのが難しいようで、母のお金の管理は、東京にいる彼が面倒を見ています。ところが、最近、妹夫婦が認知症の悪化した母を見かねたのか、最寄りの家庭裁判所に法定後見人をつける申し立てをしたそうです。長男である彼が実質母の面倒を見て、財産管理もしているにもかかわらず、妹夫婦が法定後見人の申し立てをしたことが気に入らず、対抗措置を考えています。また、一年半前に亡くなった父が遺言書を遺さなかったため、相続人である母、彼、そして彼の妹とで遺産分割協議をすることになっていましたが、こんな状態なので協議はストップしたままです」

 

彼によれば、こうした揉めごとが起こるそもそもの発端は、亡くなった父と妹の夫(義弟)との間で何年も前に起きた“けんか”なのだそうです。

義弟が経営する自営業が、父の勤めていた会社の“孫請け”に当たり、取引上のトラブルがときどき起こっていたらしいのです。そして、トラブルが起こるたびに、父から叱りつけられたことが、いつしか父への怨念になり、それがずっと尾を引いているとのことです。

このように相続に関わるトラブルは、その背後にある「人間関係のトラブル」であることが見られます。こうしたトラブルは、いくら親が公正証書遺言を作成しても予防できません。つまり制度だけでは、トラブル予防はできないということです。

 

家族会議のすすめ

 

相続に関わるトラブルが起きる理由が、その背後にある「人間関係のトラブル」であるならば、それを予防するには人間関係をよくするしかありません。核家族化が進展した現代は、何もしないと家族同士が疎遠になりがちです。そこで最低、年に一度、たとえば盆と正月は親の実家で「家族会議」を開催するのはいかがでしょうか。

家族会議と言っても、最初はそんなに大仰に構える必要はありません。せっかく家族全員が揃うのですから、食事や宴会をする合間に、少しだけ雑談をするところから始めればよいと思います。実家の近くにどんな老人ホームや介護施設があるのか、認知症や転倒・骨折を予防するにはどうするのがよいのか、などの話から始めて、高齢期になるといろいろな問題が発生しやすくなることを家族全員で共有し、考える機会をつくるのです。

こんなことを言うと「そんな話し合いができれば理想的だけど、そもそもそんなこと、現実には難しいよ」という声が聞こえてきそうです。

しかし、私は、一見不可能と思われても、一度はやってみることをお勧めします。人間は事前に知らされていないことで自分に不利になることを強要されると不満が出るものです。一方、たとえ自分に不利になることでも、事前に知らされていれば、心の準備ができるので、納得までいかなくてもまだ我慢できます。

先見経済1201_2-1 職場でよくトラブルになるのは、事前に「根回し」がなく突然報告され、アクションを要求されるときです。「そんな話、聞いてないよ!」というのは、どなたでも一度は経験があるのではないでしょうか。職場では、この「根回し」が円滑な業務遂行に極めて重要です。

これと同じで、私は家族との間にも「根回し」が必要なのだと思います。一般に、家族に対しては、「家族だから、そんなに気を遣う必要はない」と思いがちです。しかし、本連載で取り上げたような介護や認知症、相続といったデリケートなテーマについては、たとえ家族であっても、細心の配慮を持って扱うべきことだと思います。

それでも、「親・兄弟姉妹との仲が悪く、家族会議の開催など到底できると思えない」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。だから、逆にコミュニケーションの機会をつくって、話をするところから始めるべきです。いきなり家族会議とか言わずに、「親も年老いてきたので、年に一度は実家にみんな集まろう」と声をかけて、集まるところから始めてみてはいかがでしょうか。

そして、家族会議そのものも大事ですが、もっと大事なことは、家族会議を通じて、日頃疎遠な親、兄弟姉妹とじっくりと話し合い、お互いの立場や状況を知って、理解を深め合う機会を得ることだと思います。

 

揉めごとを減らすこと自体が「双方の利益」

 

しかしそれでも、互いの主張が相容れず、意見がぶつかり、揉めることもあるでしょう。そのような場合、もう一度思い出していただきたいのは、「家族や親族である相続人同士で争っても、メリットは少ない」ことです。

家族や親族である相続人同士は相続における当事者同士ですが、本来「敵」ではないはずです。双方が自分の権利だけを主張して、自分だけの利益を追求しようとするから揉めごとになるのです。そうではなく、揉めごとを減らすこと自体が「双方の利益」になると考えるべきです。

遺産というのは、そもそも親の善意により親から財産をもらえることであって、もらえるだけでもありがたいと思うべきです(債務しかない場合は別ですが)。だから、もらう方が、ああだ、こうだと注文をつけることがそもそもおかしいと考えます。

 

先見経済1201_2-2「互譲互助」の精神を取り戻せ

 

私は、相続トラブルを根本的になくすには、かつて多くの日本人が持っていた「互譲互助」の精神を取り戻すしかないと思っています。この互譲互助という言葉は、私が縁あって社会人として最初のスタートを切った出光興産の創業者、出光佐三がよく語っていた言葉です。

互譲互助とは、文字どおり「お互いが譲り合い、お互いが助け合う」という意味です。前述のとおり、いくら制度を整備しても、制度だけでは予防できない相続トラブルもあります。なぜなら、こうした相続トラブルの根幹は、人間関係のトラブルだからです。そして、この人間関係のトラブルは、多くの場合、互いが相手のことよりも自分の権利だけを主張する、利己的な権利意識の高まりが原因だからです。

だから、こうしたトラブルを解決するには、互譲互助の精神を取り戻す以外にないと私は考えます。互譲互助は、「お互いが譲り合い、お互いが助け合う」という意味ですが、これは「お互いが助け合えば、お互いが譲り合う」という意味にも解釈できます。人は誰かに助けてもらったら、今度は相手を助けたくなるものです。

相手に一方的に助けを求めるのではなく、お互いがどうすれば助け合えるか、お互いが相手の困っていることに役に立てるかを探し合えば、自ずとお互いが譲り合うようになり、争いごとは減っていくのではないでしょうか。そして、この互譲互助の精神は、家族会議などを通じて、家族・親族間のコミュニケーションが改善し、深まることで育まれていくものだと私は思います。

先見経済を発行する清話会のご好意により記事全文を掲載しています。

参考文献:親が70歳を過ぎたら読む本