不動産経済 連載 あなたの生き方を変えてしまう「親のこと」、知っていますか?第五回

fudokei_111228家族会議のすすめ

相続や介護に関わるトラブルは、その背後にある「人間関係のトラブル」であることがしばしば原因となっている。こうしたトラブルは、いくら親が公正証書遺言を作成しても予防することはできない。制度だけではトラブル予防はできないのだ。

相続に関わるトラブルが起きる理由が、その背後にある「人間関係のトラブル」であるならば、それを予防するには人間関係をよくするしか方法はない。核家族化が進展した現代は、何もしないと家族同士が疎遠になりがちだ。そこで最低、年に一度、たとえば正月と盆は親の実家で「家族会議」を開催するのはいかがであろうか。

家族会議と言っても、最初はそんなに大仰に構える必要はない。せっかく家族全員が揃うのだから、食事や宴会をする合間に、少しだけ雑談をするところからはじめればよいのではないだろうか。実家の近くにどんな老人ホームや介護施設があるのか、認知症や転倒・骨折を予防するにはどうするのがよいのか、などの話からはじめて、高齢期になるといろいろな問題が発生しやすくなることを家族全員で共有しあえる機会をつくるのだ。こうした話し合いがなぜ必要なのか、何を話し合うべきなのか、については拙著「親が70歳を過ぎたら読む本」(ダイヤモンド社)に詳細を書いているので、よろしければ、帰省の際にご一読いただきたい。

一方で、こんなことを言うと「そういう話し合いができれば理想的だけど、そもそもそんなこと、現実には難しいよ」という声が聞こえてきそうだ。しかし、私は、一見不可能と思われても、ぜひ一度はやってみることをお勧めする。人間は事前に知らされていないことで自分に不利になるようなことを強要されると不満を感じるものだ。一方、たとえ自分に不利になることでも、事前に知らされていれば、心の準備ができるので、納得はできないにせよ、我慢できる。

職場でよくトラブルになるのは、事前に「根回し」がなく突然報告され、アクションを要求されるときだ。「そんな話、聞いてないよ!」というのは、誰でも一度は経験があるのではないでだろうか。職場では、この「根回し」が円滑な業務遂行に極めて重要になる。これと同じで、私は家族との間にも「根回し」が必要なのだと考えている。一般に、家族に対しては、「家族だから、そんなに気を遣う必要はない」と思いがちだ。しかし、本連載で取り上げてきたような介護や認知症、相続といったデリケートなテーマについては、たとえ家族であっても、細心の配慮を持って扱うべきことだと思われる。

揉めごとを減らすこと自体が「双方の利益」

しかしそれでも、互いの主張が相容れず、意見がぶつかり、揉めることもあるだろう。そのような場合、もう一度思い出していただきたいのは、「家族や親族である相続人同士で争っても、メリットは少ない」ということだ。

家族や親族である相続人同士は相続における当事者同士であるが、本来「敵」ではないはず。双方が自分の権利だけを主張して、自分だけの利益を追求しようとするから揉めごとになるのだ。そうではなく、揉めごとを減らすこと自体が「双方の利益」になると考えるべきではないだろうか。

遺産というのは、そもそも親の善意により親から財産をもらえることであって、もらえるだけでもありがたいと思うべきだ(債務しかない場合は別であるが)。だから、もらう方が、ああだ、こうだと注文をつけることがそもそもおかしいと考えるべきであろう。

 

「互譲互助」の精神を取り戻せ

私は、相続トラブルを根本的になくすには、かつて多くの日本人が持っていた「互譲互助」の精神を取り戻すしかないと思っている。この互譲互助という言葉は、私が縁あって社会人として最初のスタートを切った出光興産の創業者、出光佐三氏がよく語っていた言葉だ。

互譲互助とは、文字どおり「お互いが譲り合い、お互いが助け合う」という意味だ。前述のとおり、いくら制度を整備しても、制度だけでは予防できない相続トラブルもある。なぜなら、こうした相続トラブルの根幹は、人間関係のトラブルだからである。

そして、この人間関係のトラブルは、多くの場合、互いが相手のことよりも自分の権利だけを主張する、利己的な権利意識の高まりが原因だからだ。

だから、こうしたトラブルを解決するには、互譲互助の精神を取り戻す以外にないと私は考える。「お互いが譲り合い、お互いが助け合う」という意味は「お互いが助け合えば、お互いが譲り合う」という意味にも解釈できるのではないだろうか。人というのは誰かに助けてもらうと、今度は相手を助けたくなるものだ。

相手に一方的に助けを求めるのではなく、お互いがどうすれば助け合えるか、お互いが相手の困っていることに役に立てるかを探し合えば、おのずとお互いが譲り合うようになり、争いごとは減っていくのではないだろうか。そして、この互譲互助の精神は、雑談からはじまる家族会議などを通じて、家族・親族間のコミュニケーションが改善し、徐々に深まることで育まれていくものだと私は思う。


参考文献:親が70歳を過ぎたら読む本