解脱5月号 連載 スマート・エイジングのすすめ 第5回
なぜ、世界最高齢95歳で四年制大学の学位取得ができたのか
アメリカのカンザス州ヘイズにあるフォート・ヘイズ州立大学の2008年度の卒業式は、大学創立以来の特別な日でした。なぜなら、卒業式に学位を授与された女性、ノーラ・オークスさんが、世界最高齢の95歳で四年制大学の学位を取得したからです。
卒業後、大学院に進学したノーラさんは、第一次世界大戦の原因と結果をテーマに研究を続け、2010年5月に98歳で修士号を取得しました。これもその時点で世界最高齢での修士号取得で、ギネスブックにも載りました。
恐らく多くの方が、「確かに素晴らしい話だけど、この人は特別だ。やっぱり普通の人より相当頭がいいんだろう?自分には絶対できっこない」と思うでしょう。しかし、指導教官が次のように語っていることに注目です。
「彼女はほかの人に比べてとてつもなく優秀であるとか、特別な能力のある人ではありません。ただ、一つだけ普通の人と違っていたのは、彼女が“明確な目標”を定め、それに向かって努力を怠らなかったことです」
ノーラさんは90歳のときに、生きている間にもう一度大学に行って学びたい、と思ったそうです。しかし、たとえそう思ったとしても、高齢者の場合、単なる願望にとどまることが多いでしょう。
ところが、彼女は願望を行動に移したのです。そのとき重要だったのは「91歳で入学し、95歳で学位を取得する」という具体的な目標を立てたことです。
別の事例です。福岡県の特別養護老人ホームの女性は軽度の認知症でした。彼女は薬を使わない学習療法によって認知機能が大幅に改善しました。その後、生まれて初めて英語の勉強を始めました。その時99歳でした。
「最初はABCとOne、Two、Threeを習っただけで満足でした。そうしたら、だんだんと欲が出て、ほかの単語も習うようになりました。だって、一つ習ってわかるようになるとうれしいじゃないですか。今は動物や食べ物や乗り物とかの英単語を毎日10個ずつ覚えているんです」
目標設定し達成感を得るとさらなる意欲が湧く
ここで注目すべきは、「一つ習ってわかるようになるとうれしい」と言っている点です。新しいことを知ったり習ったりするのは、年齢に関係なく楽しいものです。
さらに、彼女が素晴らしいのは、「100歳までに100の英単語を覚える」という具体的な目標を定めたことです。彼女はただの99歳の長寿者ではありません。特別養護老人ホームに入居している要介護状態の方です。
これもまだ特別な事例に聞こえますか?私はそうは思いません。普通の人との違いは、「95歳で大学を卒業する」「100歳までに100の英単語を覚える」といった「具体的な目標」を持って日々を過ごしているか否かなのです。
一方、具体的な目標を立てたからといって、予定どおり学位を取得できるかどうかはわかりません。特に高齢になると、突然体調を崩したり、けがをしたりといった健康上の理由で断念せざるを得ないことも多いからです。
ところが面白いのは、人間は具体的な目標を立てると「絶対にこの目標を達成したい」というやる気が湧き出てくるものなのです。道具が意識を進化させるといいます。まず器を整える。すると、それから中身が出来上がっていくということは意外に多いのです。
だから「実現できる自信がないので目標を立てない」のではなく「まず目標を立てる。そうすれば実現のために努力する」という姿勢が、いくつになっても夢を実現する可能性を広げる。
二人の例はその大切さを教えてくれます。
「スマート・エイジング」とは、2006年に東北大学からの依頼で私が提案し、私が所属する東北大学スマート・エイジング学際重点研究センターの組織名にもなっている考え方です。加齢(エイジング、ageing)は、受精した瞬間からあの世に行くまで続き