スマートシニア・ビジネスレビュー 2020年12月28日 Vol.232
新型コロナウイルスの変異種が世界各国で発見され大騒ぎになっています。日本でも25日には英国から日本に到着した男女5人から変異種が確認されました。
この変異に関して、東北大学加齢医学研究所 生体防御学分野の小笠原康悦教授らのグループが2か月以上前の10月20日に有名なScientific Reportに大変興味深い論文を発表しています。
実はこの論文はAsia Research Newsの11月の「注目論文」に選ばれており、研究者から注目をされていました。
今回のレビューでは小笠原先生からの情報を基に、新型コロナウイルス変異種の「通説」と「事実」として整理しました。変異種に関する正しい理解の一助になるものと思います。
通説1:感染力を強めるN501Y変異が最初に報告されたのは英国
事実1:感染力を強めるN501Y変異が最初に報告されたのはブラジル
小笠原先生らが独自開発した「変異可視化アプリケーション」によれば、今回注目されているN501Y変異は実はブラジルでの報告が一番早く、報告症例数ではオーストラリアが多いのです。
イギリスでは、6月に発見、9月に広がり、現在蔓延しています。ちなみにこの分析は12月2日時点までのGISAID(ウイルス情報共有の国際推進機構)登録データベースを基にしています。
ウイルスにおける変異とは、ウイルスの設計図である遺伝情報(DNA や RNA に書き込まれている情報)が書き換わることを指します。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の場合は RNA の塩基配列情報が書き換わることを言います。RNAの塩基配列情報は翻訳されてアミノ酸になりタンパク質として機能を発揮しますが、RNA変異によりアミノ酸配列まで書き換わるとウイルスの性質が大きく変わります。
N501Y変異とは、ウイルスのアミノ酸配列で501番目のアスパラギン(N)がチロシン(Y)に書き換わったことを意味します。
この変異が起こるとヒトの細胞表面にある ACE2 という受容体への「くっつきやすさ」が増加する、つまり感染力が強まることがScienceの論文に掲載されています。
変異種の話題が英国からのものが多い理由は英国の研究体制が強いことによります。英国は感染症の研究、公衆衛生・疫学・統計、ゲノム配列を決定するためのシークエンス技術といった分野に強いのです。
そして、これらの分野の科学者が参加した全英共同研究チームCOG-UKがパンデミック初期の4月に設置されて以来、COG-UKは日々変異株のモニタリングと性質の検証を行ってきました。
特に注目されているのは、イギリスの保健省によりVOC-202012/01と名付けられた変異株です。これには N501Y 変異を含む 17個のアミノ酸基の変異(塩基変異は29)が入っています。
ジョンソン首相が「新たな変異株は従来のものと比べて感染力が最大で70%強い可能性がある」と会見したことで、各国が入国制限をするなど大騒ぎになりました。
一方、最初に報告されたのがブラジルなのに、ブラジルからは変異種のニュースが全くありません。この理由はよくわかりませんが、恐らく英国のようなモニタリング体制がないためと思われます。
また、オーストラリアからはシドニー周辺で最近感染者数が急増しているとのニュースがありますが、これが変異種によるものかは現時点では不明です。
通説2:新型コロナウイルスはRNAウイルスだから変異しやすい
事実2:新型コロナウイルスは他のRNAウイルスより変異しにくいが、ヒトの免疫で変異しやすくなる
新型コロナウイルスはRNAウイルスです。RNAは塩基構造が一本鎖(DNAは二本鎖)のため変異しやすいと思われています。
ところが、新型コロナウイルスはゲノム内に「RNA校正酵素」という増殖に必要な複製段階でのコピーミスを修復する酵素を持っているため、実は他のRNAウイルスに比べて変異の頻度は少ないのです。
にもかかわらず、新型コロナウイルスに多くの変異が起こる理由は、感染後に「ヒトの免疫など生体防御機構による排除の選択圧」を受け、ヒト細胞中に存在する「RNA編集酵素」によって変異が促されるためなのです。
小笠原先生らは、初期ウイルスと考えられる「武漢型」のゲノムを基に世界のウイルスゲノム7,804種類の遺伝子解析を行った結果、新型コロナウイルスの変異にはRNA塩基配列のシトシン(C)からウラシル(U)への変異が3,500回以上と突出して多いことを見つけました。
また、変異部位の塩基配列に特徴があり、APOBEC(DNAやRNA上のシトシンをウラシルに変換する酵素群)と呼ばれるRNA編集酵素が作用した時の変異形態と一致しており、RNA 編集酵素のウイルス変異への関与を示す証拠となっています。
この解析結果は、新型コロナウイルスがヒトに感染して免疫反応を受け、体内から排除されようとすればするほど、変異が促されることを示しています。
例えば、ワクチンを投与して体内に抗体ができ、抗体がウイルスを攻撃すればするほど、ウイルスは変異しやすくなると言えます。
なお、研究グループはSARS:重症急性呼吸器症候群ウイルス(SARS-CoV)も「RNA校正酵素」をゲノム内に持っていることを確認済です。
通説3:変異種に感染した時の重症化リスクは不明
事実3:変異種に感染すると自然免疫が活性化されるが、変異種が自然免疫バリアを超えて肺下部に達すると重症化リスクが上がる
多くの報道では現時点で変異種に感染した時の重症化リスクは不明だと言われています。
研究グループは、多くの「変異型」の中から日本型、ジョージア型、フランス型、オーストラリア型の代表的な4つ型のゲノムを選び、それぞれの RNA 塩基配列から、ウラシル(U)への変異部位を含む RNA の一部を人工合成し、ヒトマクロファージ細胞株 THP-1 細胞の細胞内に取り込ませることにより、疑似ウイルス感染実験を行いました。
この結果、「武漢型」に比べて「変異型」に感染した方が、ウイルス感染後に自然免疫を担う炎症性サイトカインのTNF-α、 IL-6が多く産生することを確認しました。
つまり、新型コロナウイルス「変異型」に感染すると「武漢型」に比べて自然免疫が活性化されるのです。
このように自然免疫が活性化されるとウイルスが不活性化されるため、感染症としては弱毒化の方向にあります。
一方、変異種ウイルスが自然免疫のバリアを通り抜けて、肺下部組織まで到達してしまった場合には、その組織でサイトカイン産生が高まってしまうため、重症化のリスクが上がる可能性があります。
この研究結果は、ウイルス変異によってウイルスの毒性に二面性が出てくることを示唆しています。
なお、英語論文の概要が日本語で東北大学からプレスリリースされているので、興味のある方はご覧ください。