認知症経営の時代

11月25日 企業支援シンポジウム「中小企業と認知症」を終えて

「認知症のリスクを経営課題として考えなければいけない時代」が来た

先週、広島と福岡で企業支援シンポジウム「中小企業と認知症」で基調講演とパネリストを務める機会がありました。この2回でお話して感じたことは、いよいよ企業が「認知症のリスクを経営課題として考えなければいけない時代」が来たことです。

健康経営と言う言葉があります。企業が経営者や従業員の健康維持・向上を経営課題としてとらえることです。これと同様に認知症を経営課題としてとらえる意味で「認知症経営」とも言うべき時代の到来を痛感しました。

認知症の疫学調査として有名な「久山町(ひさやままち)研究」

福岡会場では、まず九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野・教授 二宮 利治先生から基調講演がありました。二宮先生は認知症の疫学調査として有名な「久山町(ひさやままち)研究」をリードされている方です。

この研究は、福岡県久山町(人口約8,400人)の地域住民を対象に、50年間以上にわたり生活習慣病(脳卒中・虚血性心疾患、悪性腫瘍・認知症など)の疫学調査を行っているものです。疫学研究者で知らない人はいない著名な研究で、5代目のリーダーを務める二宮先生から直接お話を聴けた貴重な機会でした。

中小企業こそ必要なスマート・エイジング

続いて私より「中小企業こそ必要なスマート・エイジング」をお話しました。アルツハイマー病を含む、ほとんどの加齢性疾患の原因は、個人のもつ遺伝要因と、生前・生後に受けるさまざまな環境要因によって生じます。

これを前提に、認知症リスクを下げるためには特に生活習慣の改善が重要であることを、スマート・エイジングの4条件に即して「有酸素運動」「筋トレ」「脳トレ」「年齢相応の食事」を実行するための具体的な秘訣をお話しました。二宮先生のお話の後でしたので、聴衆の皆さんにはその意味がよくお分かりいただけたと思います。

認知症は企業の問題としても考えるべき時代

パネルディスカッションでは、基調講演者の二人に加えて、福岡県事業引継ぎ支援センター 統括責任者の奥山慎次さんと、認知症の人と家族の会 顧問・前代表理事の高見国生さんがパネリストを務めました。

奥山さんからは「認知症は企業経営において大きな経営課題の一つ。安定した企業経営のためには、認知症をはじめとして健康リスクに対する「早期の計画的な対応」が必要。しかし、実際は経営者自身の健康リスクや周辺環境リスクは後回しにされがちで注意すべき」との報告がありました。

企業のリスク管理手法としてBCP(事業継続計画)というのがあります。これは2001年9月11日に起きたアメリカWTCへのテロがきっかけに広がった考え方です。

認知症リスクもこのBCPの対象として平常時からを周到に準備しておき、緊急時に事業の継続・早期復旧を図ることが重要だというのが中小企業支援機関としての商工会議所の意見でした。

高見さんからは「認知症は家族に押し付けられる問題という認識が強いが、企業の問題としても考えるべき時代になっている」とのお話がありましたが、これが今回のシンポジウムの参加者全員が感じていることでしょう。

また、「認知症の方は心の中は通常だが、今の判断ができなくなることなので、認知症を正しく周りが理解することが大切」とのお話は、認知症というのが脳科学的に見ると大脳の前頭前野機能の低下した状態であることの別な表現だと思いました。

これからの企業は認知症にやさしい企業になって欲しい

さらに「認知症であっても、何もできない、何もわからないわけではなく、何ができないのか、何が困っているのかを正しく理解して『社会とのつながり』を断ち切らないようにすることが重要」との意見は、家族が認知症になった時のことを思えば、納得のいくお話です。

高見さんは「これからの企業は認知症にやさしい企業になって欲しい」と訴えました。具体的には「本人または家族が認知症となった場合に企業としても早退や遅刻を認めて、気軽に出勤できる環境を整備する「認知症の従業員には本人が出来る仕事に配置転換する」など「社会とのつながり」を絶やさない環境つくりを企業が取組むべき、という意見でした。

多くの経営課題を抱え、大企業に比べて人的資源も企業体力も少ない中小企業が、これらのことを実現していくには、現実にはまだハードルが高いと思います。

しかし、明らかなのは、こうしたことを経営課題として取り組まなければ、間違いなく企業経営のリスク要因になっていくことです。

認知症経営が必要な時代

私は、最後のまとめで、企業経営者としては、1)最悪の状態を想定したBCP的な対応を行ったうえで、2)経営者と従業員、その家族の認知症リスクを下げる生活習慣の改善を企業経営として行うべきとお話しました。

1)については、経営者や家族が認知症と医師に診断された場合を想定し、現状ある制度で可能な対策(経営者が任意後見契約を締結しておく、重要な経営情報を共有しておく、経済的負担を補償する保険に加入するなど)を行うのです。

2)については、経営者が認知症というものを正しく理解し、認知症リスクを下げる取組を行えば、従業員のリスク軽減にもなります。実際にある企業が「禁煙したらボーナスを増額する」という制度を導入したところ、たばこをやめた社員が続出したという例があります。

喫煙は認知症リスクを上げる危険因子の筆頭なので、こうした取り組みは企業全体の認知症リスク低減の取り組みになるわけです。経営トップが率先して認知症をよく理解し、リスク低減策を実践すること。

認知症経営が必要な時代を痛感しました。

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