スマートシニア・ビジネスレビュー 2003年12月8日 Vol.40
デジタル技術の発達は、温故知新という言葉の意味を文字通りに再認識させる
今年の中高年向けのヒット商品の一つは、デジタルAV機器だ。特にハードディスクとDVD一体型のものがよく売れている。これまでDVDと無縁だった私も、ついにその仲間入りを果たした。
だが、最新のデジタル機器で観るようになったのは、CG技術を駆使した最新のハリウッド映画ではなく、黒澤明のモノクロ映画だ。
最先端のデジタル機器で、古い時代のモノクロ映画を見るというのは、一見お門違いのように見える。
だが、デジタル技術の最大の恩恵は、画質劣化でこれまで埋もれて見えなかったものを明らかにしてくれることにある。デジタル技術の発達は、温故知新という言葉の意味を文字通りに再認識させてくれる。
デジタル技術の発展は、映画や音楽作品に二つの面で大きく影響を及ぼす
デジタル技術の発展は、映画や音楽作品に二つの面で大きく影響を及ぼしている。一つは、作品の新しい創り方を加速すること。
精緻化されたコンピューター・グラフィックス(CG)により、撮影セットでは作り得ない場面でも、映像化できるようになった。また、編集技術の高度化により、実際の撮影映像とCGや過去と現在の映像とを合成することで、特殊な効果を出せるようになった。
もう一つは、古い時代の映像や録音の鮮明化を加速すること。
最近リリースされたビートルズの「LET IT BE NAKED」がよい例だ。収録されているテイクが従来盤と違うものの、同時期に録音された従来盤に比べて、明らかに音に透明感があり、音楽に奥行きを感じる。
「レットイットビー」では、呟くように始まるポール・マッカートニーの歌声が明瞭になり、録音当時の彼の孤独な心境がより伝わってくる。また、「ロング・アンド・ワインディング・ロード」では、従来のドラマチックなオーケストラ伴奏ではなく、後ろに流れるピアノ伴奏がクリアになり寂寥感を引き立てている。
このようにデジタル技術の発展は「作品の創り方」と「再生の仕方」の両面に大きく影響を及ぼしている。だが、よりインパクトがあるのは、前者より後者だろう。
「再生の仕方」に技術革新が進むことで、古い作品につきものだった記録メディアの劣化に伴う画質・音質の劣化の影響が最小になる。すると、古い作品も新しい作品も、限りなく同じ土俵の上で評価されるようになる。
デジタル技術の発達で、作品の良し悪しは創られた時の「技術」ではなく、作品の「生命力」で評価される
その結果、作品の良し悪しは、作品が創られた時の撮影や編集の「技術」ではなく、作品の「生命力」で、ますます評価されるようになる。
作品の「生命力」とは、 作品に取り込まれた、その時代の「エネルギー」や「空気」といってもよい。これらが時代を超えて輝きを放つ作品の絶対条件となろう。
黒澤明の映画「野良犬」という作品の冒頭に、飢えた野良犬のシーンが登場する。このような野良犬は最近見なくなった。あの野良犬の姿が、戦後まもない頃の日本人の姿であり、あの時代のエネルギーだったのだろう。
デジタル技術が発達すればするほど、CGなどの映像技術はより精緻になっていく。
だが、作品の製作者にますます問われるのは、CGによる小手先の「編集の力」ではなく、むしろ、その時代を捉える「感性の力」となる。
そして、このデジタル技術の逆説は、作品を鑑賞する側の感性も問うことになろう。
人間が発明したハイテクが最も照らし出すのは、実は人間のハイタッチな能力なのである。