映画「パリタクシー」に見る最期の時間の過ごし方

スマートシニア・ビジネスレビュー 2023年4月13日 Vol.238

シニア女性が押し寄せて観に来る映画「パリタクシー」

「パリタクシー」というフランス映画が先週末から上映中です。

「パリ」という言葉が入っていますが、正直あまりわくわくしないフランス映画らしくないダサいタイトルです。

公式サイトを観てもコメディ映画のような雰囲気で、よくある面白おかしい映画の一つと思っていました。

ところが、上映会場の有楽町・角川シネマでは平日昼間にも関わらず、ほぼ満席。観衆の9割以上は60歳以上。その9割以上が女性でした。

この映画の何がシニア女性を惹きつけているのでしょうか?

そのヒントは、この映画の邦題タイトル「パリタクシー」ではなく、フランス語の原題「Une belle Course」にあります。

人生最期の「旅路」に、92年の生涯の「旅路」を重ね合わせた物語

フランス語のUneは女性名詞につける不定冠詞(男性名詞につけるのはUn)belleは美しいの意味。Courseをどう訳すかですが、道という意味があるので旅路と訳すと、原題邦訳は「ある美しき旅路」となります。

この映画は原題の通り、92歳の老婦人マドレーヌが、自宅を売って老人ホームに入居するために乗ったタクシーで、自分に縁のあるパリの色々な場所を横断するという最期の「旅路」に、92年間の波乱万丈の生涯の「旅路」を重ね合わせた物語なのです。

マドレーヌが乗り込んだタクシーの運転手、シャルルは常に世の中に対して怒りを感じ、常にイライラして、疲れており、不愛想です。そんな彼にマドレーヌが次の言葉を投げかけます。

“ひとつの怒りでひとつ老い、ひとつの笑顔でひとつ若返る。
若くありたいなら何をすべきかわかるでしょ?”

これに対してシャルルは、“今はどこも怒りだらけだ”と反論します。

するとマドレーヌは、それまでの柔和な笑顔がこわばり、

“私も怒りには覚えがある。よく知っているわ。”

と答えます。

人生の最期 どういう時間の過ごし方がよいのかを考えるきっかけ

この場面をきっかけに、マドレーヌの92年間の生涯が徐々に明らかになっていくのですが、これがまさに「衝撃の連続」です。

例えば、日本に比べて女性の地位が進んでいるイメージのあるフランスでも、1950年代には家庭内暴力(DV)があっても訴えることもできず、夫の許可がないと預金も下せなかったということを、この映画を通じて知りました。

これでもか、これでもかと、畳みかけるように繰り出されるマドレーヌの壮絶な生涯の物語が、現実にありそうな話ばかりで、とても映画のフィクションとは思えません。

この映画の監督、クリスチャン・カリオン「本作はシリル・ジェリーによるオリジナル脚本なのですが、電車の中で一気に読み、電車を降りる前には涙を流していました」と語っています。

普段は滅多に泣かない私も、映画の後半は涙が止まりませんでした。優れた映画には優れた脚本が存在しますが、この映画はその良い事例です。

恐らくこの映画を観ていた多くの人々が、マドレーヌの生涯の「旅路」と自分自身の「旅路」を重ね合わせて、涙していたのではないかと思います。

そして、人生の最期にどういう時間の過ごし方をするのがよいのか、を考えるきっかけを得られたのではないでしょうか。

フランスの映画文化の懐の深さ、豊かさを感じられる作品

先日、フジテレビの「めざまし8」に出演した際に、年金改革に反対する暴動で荒廃したパリ市内のシーンを見て、とても悲しい気持ちになりました。

しかし、この映画を観て、フランスの映画文化の懐の深さ、豊かさを感じて安堵しました。

私も34年前に住んでいたパリのアパートを見に行きたくなりました。

特にシニア割引で観られる60歳以上の方にはオススメの映画です。