スマートシニア・ビジネスレビュー 2006年6月7日 Vol. 88
退職後に新しいことに挑戦し、その分野の専門家になる――そんな絵に描いたような「セミリタイア」生活を送っている人にアメリカで会いました。
彼はニューヨークから電車で1時間ほど東にある
Westportという街に住んでいます。
一般の日本人にはなじみのないこの街には、
俳優のトム・クルーズや元祖カリスマ主婦で有名な
マーサ・スチュアートなどの著名人が住んでいます。
アメリカ人の私の友人は、現在62歳。
長い間大手保険会社に勤務した後、
企業のEAP(Employee Assistance Program)を支援する
ベンチャー企業の幹部を2年間務め、
半年前に会社勤務をやめています。
その彼が今注力しているのが、
自宅の横に自分専用の新しいオフィスをつくること。
私が講演でよくお話しするように、アメリカでは、
60歳前後の人が会社を退職してもリタイアせずに、
自分と奥さんとが各々オフィスを持ちながら、
仕事を続ける「HOHO(His Office, Her Office)」
というライフスタイルが増えています。
彼もそのHOHOの典型なのですが、
少し違うのは、現在建設中のオフィスが
大変ユニークなことです。
それは、太陽光発電やパッシブソーラー、地熱利用など
可能な限りの技術を取り入れた
「超・省エネオフィス」なのです。
面白いのは、このプロジェクトを通じて
彼がこれまでほとんど門外漢だった
省エネ住宅のエキスパートになりつつあることです。
彼はもともと保険会社の調査畑でのキャリアが長く、
いわゆる「事務系」の人です。にもかかわらず、
省エネ住宅の玄人はだしになりつつあるのは、なぜか。
これに対して、彼は次のように語ってくれました。
「省エネ住宅というのは実にさまざまな技術や法規制などが
関連していて全てを知らないといけない。
ところが、太陽電池業者は太陽電池のことは良く知っているが、
それ以外のことはあまり知らない。パッシブソーラー業者もしかり。
それぞれの専門業者は自分の専門分野しか知らないでの、
結局自分が全ての分野を勉強して全体包括的に考えなければならない」
いわゆる専門家というのは、専門分野に詳しいから
専門家と呼ばれます。しかし、彼の話は、
異分野の専門家が存在するだけでは、
問題解決には必ずしもならないということです。
むしろ、個々の専門分野のことをよく理解したうえで、
それを「包括的に統合できる能力」こそが
重要だということです。
こうした能力は、もちろん若い人でも持ちうるものですが、
数々の経験を踏んできた年輩者の方が長けている能力といえます。
その能力が必要とされる作業と
退職して自由度が増えたタイミングの一致が、
彼を省エネ住宅のエキスパートに変身させていく背景なのです。
とはいえ、この種の作業は、一般に手間がかかり、
面倒くさいはず。その点について尋ねると彼は、
にっこり笑って次のように答えてくれました。
「確かに多くの時間がかかるし、自分でも何でこんなことに
多くのお金をかけているんだろうと思うこともある。
でも、やってみるとこれが実に面白いんだね」
自分が本当に面白いと思うことをやれる自由が
あることほど、幸せなことはない。
この単純ながら大切なことを
アメリカの友人に教えてもらいました。
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