保険毎日新聞 連載 保険業界はシニアシフトにどう対応すべきか?第5回
ダイシン百貨店に200種類以上の漬物がある理由
ある外資系企業の研究会でお話しした時のこと。テーマは、世界規模で進む高齢化にどう対応していくかで、世界各国から担当者が集まっていた。私がお話しした前日に、東京・大森にあるダイシン百貨店を見学されたとのことだった。
担当者の皆さんに「漬物売り場は見ましたか?」と尋ねたところ、どなたも「見なかった」との返事。私の想像では、仮に漬物売り場を見たとしても、200種類もの漬物があることの意味は、外国人の方にはよくわからなかっただろうと思う。
ダイシン百貨店に200種類以上の漬物があるのは、主要顧客がシニア層だからだ。そしてシニア層には漬物好きな人が多く、しかも人によって多種多様なものを求めるからだ。
ダイシン百貨店は、顧客からリクエストのあった商品は、たとえ滅多に出ない商品でも必ず取り寄せ、それを地道に継続している。200種類以上の漬物の品揃えは、こうした店の姿勢を象徴しているのだ。
かつて拙著『団塊・シニアビジネス「7つの発想転換」』で取り上げた福岡市博多区にあった年配層に人気の小型スーパーも、ダイシン百貨店と同じだった。店舗に置いてある肉は、豚ロース、鶏胸肉などわずか4種類しかなかった。
その代わりに、漬物は塩分控えめのものや、軟らかいものなど50種類以上を置いていた。漬物以外でも、顧客が欲しいと言ったものはすべて取り寄せていた。たとえば、有名な干し柿が欲しいというリクエストがあると、たとえ1袋からでも入荷した。
こうしたリクエストは顧客ひとりひとりで異なるので、すべてのリクエストに答えるのはなかなか大変だ。しかし、そのスーパーはそれを地道に続けたのである。その理由は、取り寄せた商品を注文した顧客が口コミで他の顧客に勧めるため、最終的にはそれなりのヒット商品になるからだ。
顧客の要求に応えるのに手間がかかるのは非合理か?
一方、こうしたやり方は手間がかかり効率が悪く見える。しかし、顧客にとっては、自分の欲しいものを「たとえ1品でも注文すれば取り寄せてくれる」というのがうれしい。だから、こうした姿勢の店に対しては、信頼感が格段に上がる。すると、来店頻度も上がり、「ついで買い」の機会も増えるのだ。
ちなみにこの小型スーパーでは、各種惣菜や調味料などが、自分の必要な量だけ買えた。惣菜・弁当店のオリジン弁当は、惣菜のバラ売りで有名だが、このスーパーでは、調味料まで小分けで買え、卵なども10個パックではなく、バラで買えるようになっていた。
高齢になると、一般に基礎代謝量が減ることから、食事の量が減ってくる。さらに、人口動態的に高齢世代では、女性のひとり暮らしが多くなる。ところが、少し前まで大型スーパーやコンビニの弁当や惣菜は、量が多く、こうした女性たちには量が多すぎて敬遠されていた。
大型スーパーでも、ようやく2012年あたりから小口の惣菜や商品パックが出回るようになったが、この小型スーパーではかなり以前から実行していた。ダイシン百貨店もこの小型スーパーと同じことを長年実行している。
焼け跡世代より上の世代には「愛用品消費」が見られる
シニア本人の「世代特有の嗜好性」が消費行動に影響することがある。昔からの愛用品を今も使いたいというニーズは「焼け跡世代」よりも上の世代に良く見られる。
ここで、焼け跡世代とは1935年1月1日から1946年12月31日生で現在67歳~78歳の人を指す。学童疎開、火垂るの墓、闇市、国民学校、墨塗り教科書といった戦前体験と連合国軍占領下の戦後混乱期とを体験している世代である。
焼け跡世代よりも上の世代は、戦争体験という強烈な原体験がある。物の乏しい、貧しい時代を知っているので、もったいない精神が強く、安易に新しいものへ目移りをしない傾向がある。
ダイシン百貨店にリピート客が来店する理由は、他の店ではもはや買えない、ダイシンでしか手に入らない品物が手に入るためだ。ここに来るとハエ取り紙やちり紙(再生紙でつくられたトイレ用の紙)など、巷の店にはなくなったものが買える。高齢者が愛用する柳屋のポマード、丹頂チックに加え、汲み取り式トイレの便器のフタまであるのには驚く。
これらの商品の多くは、販売数量が少ないために他店ではほとんど取り扱われなくなったものだ。こうした他店にないものを扱うことで、昔からの愛用品を手に入れたいシニアのニーズに応え、逆にリピーター顧客を獲得している。時代の変化に対して、「昔ながらのものを提供する」ことが、逆に差別化になるケースだ。
そして「昔ながらのもの」を買いにくるのが来店目的になるが、来店すれば、せっかく来たのだから、この際にもっと買っておこうという気になり、それ以外のものも「ついで買い」する傾向が強い。
売れ筋商品がリピート客の理由とは限らない
また、ダイシン百貨店では、重いものは金額にかかわらず運搬料無料で運んでくれる。そんなことをやって利益が出るのかと思ってしまうが、ちゃんと出るのだ。なぜかというと、そういう親切をされるとお年寄りはうれしいのでリピート客になるからだ。
コンビニでは、POSデータで売れ筋以外の“死に筋”、つまり売れない商品は、1週間もすれば棚から外されてしまう。店舗面積が35平方メートルから50平方メートルと限られているので、店舗効率を上げるためには仕方がない。
これに対して、ダイシン百貨店の場合、リピート客が繰り返し来店するのは、売れ筋商品を買うのが目的ではない。他店にはない、そこにしかない商品を買いにくるのが目的なのだ。だから、一般のスーパーやコンビニのようなPOSデータ上の売れ筋商品を並べても顧客が繰り返し来店する理由にはならない。短期的な店舗効率の向上よりも、長期的な顧客との信頼関係維持を重視しているのだ。
シニア市場では非合理ビジネスが合理的になる
本稿のタイトルに「ビジネスは非合理の中に商機あり」と書いた。しかし、この「非合理」というのは、実はこれまでの常識や俗説から、勝手に「非合理」だと思い込んでいる人が多いだけのことがしばしば見られる。
ダイシン百貨店の事例は、一見「非合理」に見えることも、きめ細かく地道にやり続けると、合理的な結果が得られることを示している。シニア顧客の気持ちをつかむ秘訣の1つは、経済原理では非合理に見えても、その先を見据えて、やり続けようとする経営者の「器の大きさ」なのだと改めて感じる。
時代が変わり、市場の性質が変わったにもかかわらず、過去の成功体験に引きずられ、思考が変わっていない経営者・マネジャーは多い。それらの人が「非合理」だとレッテルを貼っているにすぎない分野に、実は商機があることをこれらの事例は示している。多くの人が「非合理」だと思っている分野にこそ、ビジネスチャンスが存在するのだ。