スマートシニア・ビジネスレビュー 2004年3月23日 Vol. 47
エイジング(aging)という言葉は、
高齢社会やシニア市場を語る時によく使われる。
だが、この言葉がもつ意味を
一つの日本語にするのは難しい。
エイジングという言葉では、これまでどちらかというと
「マイナス」の側面が強調されてきた。
たとえば、石油化学プラントや発電プラントは、
長年稼動すると、回転部が摩耗し、
配管などの部材の材質が変化して脆くなる。
このような経年劣化は、設備のエイジングである。
これは、しばしば事故の原因となるため、
可能な限り避けたいマイナスの対象とされてきた。
このため、経年劣化の診断・予防技術が
長年産業界の重要なテーマとなってきた。
一方、人間の体でも加齢とともにひざの関節が痛んだり、
皮膚にしわが増えたりする。
体の機能も経年劣化することから、
機械設備同様にマイナスの対象とされてきた。
最近良く耳にする「アンチエイジング」は、
狭義には抗老化療法のことをいうが、
これは体の機能の経年劣化に対する対処技術といえる。 だが、そもそもエイジングには「プラス」の側面がある。たとえば、バイオリンやギターなど
木製楽器におけるエイジングがそうだ。
これらの楽器では、製作当初は木の中に水分が
残っているため、音の響きがあまり良くない。
だが、年数が経つと、この水分が徐々に抜け、
かわりに楽器の表面に塗ってあるニス類がなじんでいく。
この過程をエイジングと呼ぶが、
上手な弾き手が弾き込むと、 その楽器は良い音で鳴るようになる。
逆に下手な弾き手が弾き込むと、
その楽器は「下手な音」で鳴るようになる。
ストラディバリウスのような名器は、
楽器そのものだけで名器になったのではない。
名演奏家に弾き込まれることで、
良い音で鳴るようになったのである。
また、ウイスキーは木の樽の中で長時間寝かせることで、
徐々に味がまろやかになっていく。
ワインもカーブの中で寝かせることで香り高くなっていく。
これらも熟成と呼ばれるエイジングのおかげである。
このようにエイジングという言葉には、
本来「プラス」と「マイナス」の両方の意味が包含されている。
だが、日本だけでなく、アメリカでもヨーロッパでも
どちらかといえば「マイナス」の側面が強調されてきた。
この反動からか、逆にエイジングの「プラス」の側面を
強調しようとする傾向が近年見られる。
たとえば、「ポジティブエイジング」という言葉が使われるが、
前述の理由から、実はおかしな意味の言葉となっている。
つまり、本来「ポジティブ(positive)」な意味のある
エイジングという言葉にさらにポジティブという
修飾語をつけているため、 意味の重複になっている。
また、「アクティブエイジング」という言葉もよく聞かれる。
だが、この言葉はエイジングという過程を活性化(activate)する
という意味になる。
つまり、プラス面もマイナス面も活性化する意味であり、
決してプラス面だけを活性化する意味にはならない。
にもかかわらず、エイジングのマイナス面の払拭だけを
強調するキャンペーンは、世の中にあふれている。
AARPが昨年3月の雑誌のリニューアルから実施している
「Sixty is new Thirty(60歳は新しい30歳です)」という
キャンペーンは、その典型だ。
だが、これらのキャンペーンの大半は、
肝心の年長者から総スカンをくらっており、
きわめて評判が悪い。
その最大の理由は、キャンペーンの主催者が、
エイジングをマイナスの側面でのみ捉え、
それを否定することで年長者の支持を取り付けようとする
浅薄な姿勢を年長者に見透かされているからである。
このような姿勢が生まれてくる背景には、
本来プラスとマイナスの両面を包含するエイジングを、
「善」か「悪」か、という二元論的な考え方で
判断しようとするところにある。
このような考え方は、
エイジングがもつ「影」の部分を覆い隠し、
「光」の部分だけを強調するようなものだ。
われわれに必要なのは、
エイジングを善か悪かという尺度で色付けをすることではない。
エイジングのよい面も悪い面も現実として受け入れたうえで、
このような二元論的な対立を乗り越えていくことである。
60歳になれば30歳でできたこともできなくなるかもしれない。
だが、30歳で見えなかった世界が見えてくることもある。
同様に、60歳ではできないが30歳でできることもある。
60歳は60歳であり、決して「新しい30歳」ではないはずだ。