シンガポールを象徴する高級ホテルマリーナベイ・サンズ

スマートシニア・ビジネスレビュー 2008年5月7日 Vol. 117

日本では相変わらず年金制度を巡る混乱が続いている。

堺屋太一氏は『社会年金制度は、近代工業社会が生み出した最後の、そして多分最大の「怪物」』と言っているが、同感だ。 現状のような不合理で、でたらめの運営がまかり通っている制度は なくしてしまえ、という意見を最近多く耳にする。

多くの役人は「世界の主要国で公的年金のない国はない」と説明する。だが、これは正しくない。公的年金がない主要国は存在する。シンガポールがその一つだ。

シンガポールの国による強制預金制度CPFとは

シンガポールには、公的年金制度がない代わりにCPF(Central Provident Fund) と呼ばれる国による強制預金制度がある。

CPFは勤労者が定年退職後また不慮の事故等で働けなくなった場合に経済的な保障をするための制度として1955年に創設された。その概要は次のとおりだ。

  1. 被雇用者は月々給与の20%を拠出し積み立てる。
  2. 雇用者も被雇用者に支払った給与額の20%を拠出する。
  3. 月収200シンガポールドル(1シンガポールドル=約80円として、16,000円)以上のシンガポール国内の勤労者や外国船籍の船に乗務するシンガポール人などに加入義務がある。
  4. 年収2400シンガポールドル(192,000円)以上の自営業者にも加入の義務がある。
  5. 被雇用者が61歳から65歳の場合、拠出割合は15%、66歳以上の場合、拠出割合は10%とする。
  6. 拠出金は、①普通口座、②メディセイブ(医療補助口座)、③特別口座に分けて積み立てられる。
  7. 加入者は55歳になれば積立金を引き出せる。ただし、55歳以前でも口座ごとに定められた利用目的に応じて引き出すことができる。(たとえば、住宅の購入など)

CPFが日本の公的年金と比べて優れているのはどういう点か

このCPFが日本の公的年金と比べて優れているのは次の点だ。

  1. 賦課方式の年金ではなく、個人口座の積立預金であること。つまり、自分が積み立てたものは自分のものになる。
  2. 給与の20%分を雇用者が拠出し、それも個人口座の積立預金になること。日本の年金制度でも雇用者は年金保険料を拠出しており、それと似ているが、拠出先が従業員個人の口座である点が異なる。
  3. 年2.5%を下回らない率で利子がつくこと。日本の定期預金に預けた場合の利子はせいぜい0.6%程度(注:本稿執筆当時)であるから、これには正直驚いた。
  4. 積立金・利子収入ともに非課税であること。日本の税制では定期預金の微々たる利子にもしっかり課税されるのと対照的だ。
  5. 政府のウェブサイトで自分の口座残高が確認できること。5,000万件の支払記録が紛失した日本の社会保険庁とは雲泥の差だ。

シンガポールに移住して働いている日本人は、この制度を知ると日本の年金はバカバカしくて払っていられない、という。

日本の年金制度を「バカバカしい」と思うのは、自分が将来支給される時には金額が目減りする制度になっていて、いくらもらえるのかもわからないのに、一方的にそれなりの金額が給料から天引きされ、しかも、その運用管理が極めて不透明でずさんだからだ。

公的年金の存続に関する世論調査を行うと、存続賛成が多いのは、すでに年金を支給されている年配者のみで、それ以外は存続反対が圧倒的に多い。 すでに年金をもらえている年配者は、自分のもらえる額が極力目減りしないことを前提に既存制度の継続を望む。

一方、年金保険料を負担している若い世代では、上述の「バカバカしさ」、つまり制度そのものへの不合理さに対する不信はきわめて大きい

現状の年金制度は年寄りだけが得をする制度と思われている制度を支えている若い世代が、このような不信に陥っている制度自体が未来永劫存続するとはとても思えない。

シンガポールのような個人の積立預金に移行する動きは他にあるか

他の主要国でもシンガポールのような個人の積立預金に移行する動きはあるのだろうか。

実は、アメリカのブッシュ政権がこれと似たことを政権二期目に入ってから提案していた。イラク戦争がなければ、年金改革がブッシュ政権第二期の最大の目玉になっていたと言われている。

ブッシュ政権が提案したのは、現状の賦課方式を、401k方式の自己積立にするというものだ。これは年金を国による管理から個人による管理へ、つまり国の責任から個人の自己責任にするということだ。

しかし、ブッシュ政権時代にこの提案が実現する可能性は極めて低い。年金支給が目減りすると思われる年配層や自己積み立てができない貧困層からの反対が大きいからだ。年配層の利益団体であるAARPも当然反対している。

さて、日本ではどうだろうか。かつて小渕内閣時代の経済戦略会議で「年金を積み立て方式にするべき」という提言があったらしい。

一方、今年(2008年)の1月7日に日本経済新聞から「年金財源を全額消費税で賄うべし」との提言があった。この提言では現行制度に対する優位点がいくつか挙げられていたものの、個人の負担と個人への支給との関係性が依然あいまいで、上述の「バカバカしさ」を払拭できる内容になっていない。

その後の年金に関する政府委員会での議論を眺めていても、個人口座への積立預金というオプションは検討の選択肢に含まれていないようだ。

なぜ、シンガポールのような小国が現在のように発展できたのか?

われわれ日本人は、長い間、国の制度に対して何の疑問も持たずに当たり前のものとして受け入れてきた。しかし、それは国の制度を決定し、運営する政治家や役人は高い倫理観をもつ公僕であるから、彼らがやることは正しいのだという暗黙の前提があったからだ。

なぜ、シンガポールのような資源もほとんどない、水まで隣国マレーシアから買っている国が現在のように発展できたのか」と尋ねたところ、政府に近いあるシンガポール人から次の言葉が出てきたのが印象的だった。

シンガポールは政治家・役人がクリーンだからです。シンガポール以外の周辺国(タイ、マレーシア、インドネシアなど)は皆、政治家や官僚が袖の下を使って腐敗してしまいました。上に立つものが毅然としていることが、我々のような小国がなんとかやっていくために一番大事なことなんです」

参考情報

シンガポール初のシルバー産業会議の基調講演者として招聘されました

シンガポールは日本の高齢化対処策にどう学ぶ?