販促会議10月号 連載 実例!シニアを捉えるプロモーション 第八回
百貨店はいま岐路に立っている。松坂屋銀座店は88年の歴史に幕を降ろし、新業態への転換を決めた。一方、「劇場型百貨店」の阪急梅田本店や、日本最大級の売り場面積で「街のような場」を標榜するあべのハルカス(近鉄百貨店)のように百貨店の復権を図る例もある。高度成長期の業態である百貨店は、シニアシフトの進展に合わせてどのような進化の方向性が求められているのだろうか。
1.「何でもあり」より「この分野ならここしかない」をつくれ
従来、百貨店とは「百(=多くの)貨(=モノ)店」であり、多くのモノを売るところ(買うところ)だった。高度成長期の家庭にモノが不足していた時代に、そこに行けば何でも買うことができる場所が百貨店だった。しかし、低成長・モノ余りの時代には、単に「何でもある」だけでは、もはや差別化にはなり得ない。むしろ「この分野ならここしかない」という高度な専門性と差別化が必要だ。
池袋・東武百貨店の地下に北野エースという食品スーパーが出店している。ここの売りは、他店にはない徹底した品揃えだ。たとえば、全国各地のご当地カレー440種類以上を取り揃えている。普通のスーパーにはない、その地方でなければ買えない商品がたくさんあるので見るだけで楽しい。楽しいから多少高くても買ってしまう。
この例は東武百貨店自体の商品ではないが、池袋・東武百貨店と言う抜群の集客力のある店舗へのテナントがゆえに、こうした差別化力のある売り方が可能になるのだ。
2.「商品シーズの羅列」より顧客ニーズに合わせた「商品シーズ編集者」になれ
これまでの百貨店における商品展示の仕方は、その商品を製造・販売している「メーカー」や「ブランド」の順であることがほとんどだった。たとえば、紳士服売り場に行き、スーツ、シャツ、ネクタイ、靴などをトータルにコーディネートしたいと思っても、それぞれの売り場の場所がブランド毎にばらばらにあり、デザイン、品質、価格を相互比較して納得した上で購入するということはほとんど不可能だ。
顧客本位といいながら実は仕入れの都合を優先した「売り手本位」である場合が未だに多いのが実情だ。
しかし、数年前に紳士服に特化した新宿・伊勢丹メンズと有楽町・阪急メンズ東京がオープンしてから、ようやく「売り手本位」のスタイルが変わりつつある。これらの店舗は、男性用品という分野で「商品シーズの羅列」から顧客ニーズに合わせた「商品シーズ編集者」に向かっているからだ。今後は、男性用品だけでなく、シニア顧客のニーズに合わせた「商品シーズ編集者」にも進化しなければならない。
この「商品シーズ編集者」には、①顧客の潜在需要に「共感」するテーマ選定力をもち、②高度な顧客相談対応力をもち、③商品の豊富な選択肢と品揃えを徹底することが求められる。目の肥えた年配客には、中途半端な内容だと相手にされないからだ。
3.「コト消費」を「モノ消費」につなぐカギは「知的新陳代謝型モデル」
現代のようなモノに溢れた時代には、モノ消費に飽きた人が増えている。そこで最近注目を浴びているのが「コト消費」。つまり、モノではないコトを消費する場をつくり、それをモノ消費につなげていくというやり方だ。このやり方で重要なのは、いったい「どんな」コト消費の仕組みを仕掛けるのかだ。
たとえば、百貨店併設のカルチャーセンターや劇場にはシニア来場者が多い。学ぶという行為は、最も知的で楽しいコト消費だからだ。この「知的なコト消費」をモノ消費に結びつけられれば、コト消費からモノ消費への自然な流れができる。だが、これも安直にやると逆に機会損失の多いビジネスモデルに陥ってしまうので注意が必要だ。
知的なコト消費とは、顧客の知的刺激を喚起して頭の新陳代謝を促すことだ。この知的新陳代謝モデルを機能させるには、まず、観劇、演奏会、美術鑑賞などの知的コト消費機会の受け皿としてのモノ消費(カフェ、レストラン、グッズ)の場を用意することが最低条件だ。そのうえで、知的新陳代謝が起きやすい「心理的導線設計」をきちんと行なうことが必要である。
たとえば、百貨店の美術館で印象派の絵画展を開くなら、その美術館には関連グッズが置いてあり、その隣のカフェに入ったら、印象派の絵の話を肴にしながら、美味しい食事やワインが楽しめる。こういった顧客の心理的カタルシスが継続して得られるようなことが導線として設計されていれば、そうした場所はさぞ居心地がよく、思わず滞在時間が長くなり、時間が経てば経つほど、自然に喜んでお金を使うことだろう。
4.「経験価値」を最大化する場をつくれ
知的新陳代謝モデルのもう1つのポイントは、「経験価値」を最大化するように場をつくることだ。経験価値とは、エクスペリエンス・エコノミー(経験経済)という考え方にもとづく。これは、顧客にとってのエクスペリエンス(経験や体験)が経済価値になるという考え方だ。
エクスペリエンス・エコノミーにおいては、コモディティ、製品、サービス、エクスペリエンスの順に価値が上がる。たとえば、コーヒーの値段は、顧客がどのような体験をできるかによって変わる。どこにでもあるコーヒー豆をバラ売りで売ると、コモディティとなり1杯分当たりの価格が1円にしかならない。
それをパッケージにして売ると1杯分当たり10円になる。それをコーヒーにして売ると1杯当たり300円になる。さらに、それをホテルのラウンジで提供すると1000円になる、という具合だ。
つまり、もとのコーヒーの材料は同じでも、ホテルニューオータニのラウンジで飲むと1000円の値段がつく。そして注文する側も1000円を支払うことを許容している。これがエクスペリエンス・エコノミーの意味だ。
これに目をつけたのが、スターバックスだ。もともとは豆売りから始め、次に立ち飲み店を始め、それから前回述べた「第三の場所」のコンセプトを知って、いまのスタイルになった。その後、スターバックスがやったのは、そこでコーヒーを飲む以外のことができることを価値に加えた。たとえば、無線LANが使えるサービスはスターバックスが最初に始めたものだ。
このように、その場の経験価値を上げれば、商品の価格が多少割高でも、顧客は受け入れる。必要なのは、百貨店において、どういう経験価値が顧客の満足度を上げるのかを考えることだ。