不動産経済 連載シニアシフトの衝撃 第3回
ここ数年、エイジフレンドリーという言葉が日本のみならず、多くの国で目につく。エイジフレンドリーとは、もとは英語でage-friendlyと表記する。日本では「高齢者にやさしい」と訳されることが多い。
エイジフレンドリーという言葉が最近目につく理由の1つとして、WHO(世界保健機関)が提唱するAge-friendly Cities(エイジフレンドリー・シティーズ)の動きが広がりはじめていることが挙げられる。この動きは「高齢者にやさしい都市」というコンセプトに基づき、定められたガイドラインに従って市民参加型で街づくりを進めるというものだ。
もう1つの理由としては、日本のみならず多くの国で高齢化が進み、これに対応した商品やサービス、店舗づくりやインフラ整備に対する意識が高まっていることも挙げられる。
こうした「高齢者にやさしい」モノ・サービス・インフラづくりの動きは、今後ますます進展する社会の高齢化への対応策として歓迎すべきものである。その一方で「高齢者にやさしい」ことを1つの側面だけに偏りすぎると陥ってしまう落とし穴がある。
「高齢者にやさしい」街づくりの間違い
「高齢者にやさしい」街づくりの最初の例は、1960年代にアメリカ・アリゾナ州に建設された「サンシティ(Sun City)」である。このサンシティは、入居者の年齢を55歳以上に制限した初の居住コミュニティだ。
年齢制限のために、開設当初多くの論議があったが、当時55歳以上で若い世代との同居を好まない人たちに支持され、その後、全米各地に何カ所か同様のコミュニティが広がっていった。
しかし、建設から30年、40年と経過するにつれ、いろいろな問題が出てきた。最大の問題は、居住者が高齢者ばかりになってしまったことだ。入居当初は55歳以上限定の割に活気があったのだが、年月の経過とともに徐々にコミュニティの活気が失われていった。
たとえば、住民組合の代表が、何か新たな取り組みをしようと呼びかけても、「自分はもう先が長くないから、今のままでいい」などと、後ろ向きな態度で対応されることが多くなったのだ。
「高齢者にやさしい」と、高齢者に受け入れられない
NTTドコモの「らくらくホン」は「高齢者にやさしい」携帯電話のパイオニアである。最初のモデルからこれまでに延べ2200万台以上売れたが、実は初期段階ではそれほど売れなかった。
消費者への知名度が低かったせいもあるが、当初のモデルは、ユニバーサルデザインを全面的に採用し、高齢者にとって機能面での使いやすさを前面に出したものだった。
確かにディスプレイの字は大きく見やすかったし、操作ボタンも大きく押しやすく、老眼の人でも使いやすいと評判だった。また、耳の遠くなった人でもはっきりと聞こえる音声補整が施されていたり、握力の落ちた人でも握りやすく落としにくい形状であったりと、機能的にはそれまでにはない優れたものだった。
にもかかわらず、当の高齢者のなかには「らくらくホンなんて使いたくない」という意見が根強くあった。その最大の理由は「製品のデザインが年寄りくさくって、それを持っていると年寄り扱いされるので嫌だ」というものだった。
NTTドコモでは、その後検討を重ね、「高齢者にやさしい」機能は従来以上に強化したうえで、デザイン面でもっとスタイリッシュで、年寄りくさくないモデルを開発した。その1つ「らくらくホンベーシック」シリーズは、発売以来、中核モデルとして、スマートフォンが登場するまで毎月の売れ行きトップ10位に常時ランクされるほどの人気機種となった。
らくらくホンの例が示しているのは、機能面で「高齢者にやさしい」ことが、デザイン面では「高齢者にやさしい」とは限らないことだ。「高齢者にやさしい」と一口に言っても、異なる多くの視点による吟味が必要なのだ。
“エイジングフレンドリー”こそ、超高齢社会に必要な概念
近年、日本以外のいくつかの地域で「エイジフレンドリーなコミュニティ」という言葉が聞かれる。前述のとおり、エイジフレンドリーという言葉は、西洋発のもので、多くの場合、シニアフレンドリー(高齢者に親和性が高い)の意味合いが強い。これは、実は「時間軸のある時点で特定の年齢層=シニア層に親和性が高い」ことを意味する。
しかし、この概念の欠点は、前述の住宅団地・サンシティの高齢化に見られるように、住宅コミュニティの設計に「時間の経過による変化(経年変化)を考慮していない」ことだ。これが現状のエイジフレンドリーのもう1つの落とし穴である。
このため、エイジフレンドリー(age-friendly)ではなく、個人、建物・インフラ、コミュニティ等の経年変化(エイジング)に適応可能な「エイジングフレンドリー(ageing-friendly)」こそが、これから来る超高齢社会に必要な概念であると私は考えている。