スマートシニア・ビジネスレビュー 2013年1月15日 Vol.190
成人式の昨日、関東地方は滅多にない大雪となり、新成人の方には大変な船出となりました。一方、新成人にとって良さそうなニュースもありました。それは、政府・与党が、「孫」への財産の贈与について、2500万円までを非課税にする方針を固めた、というものです。
<政府・与党>子・孫への贈与税軽減…生前の資金移転を促進
シニア資産30%の消費は、国家予算1・6倍分のインパクト
拙著「シニアシフトの衝撃」第3章に詳しく述べているように、シニアの資産構造の特徴は「ストック・リッチ、フロー・プア」です。私の試算によれば、60歳以上の人が保有する「正味金融資産」合計は、482兆2884億円となります。このうち、仮に正味金融資産合計の3割が消費支出に回ったとすると、その金額は144兆6865億円となります。この数値は、2011年度の一般会計90兆3339億円の1・6倍にもなります。
シニアシフトの衝撃 第3章 市場の見方を誤るな
今回の政府・与党案は、高齢者がたくさん持っている金融資産を早い時期に次の世代に移すことで、消費拡大を促し経済を活発化するのが狙いとのことで、基本的には歓迎すべきものです。
一方で、今回の案は、富裕層向けの所得・相続税増税を同時に実施するためのバランス政策でしかないという見方もあります。そこで、本ビジネスレビューでは、まだ全貌が明らかではないものの、今回の政府・与党案が狙い通りのものになっているのかを考察してみました。
新・贈与税制度、政府・与党の方針の要点
報道で発表になった政府・与党の方針の要点は、次の3点です。
1. 子や孫に贈与する場合、暦年課税制度による贈与への課税率を引き下げる。
2. 相続時精算課税制度による贈与の対象に孫も加える。ただし、贈与の目的を教育資金に限定する。
3. 相続時精算課税制度による贈与者の年齢を「65歳以上」から「60歳以上」に引き上げる。
贈与税の課税方式には、「暦年課税制度」と「相続時精算課税制度」の二つがあります。暦年課税制度では、贈与税の基礎控除は年間110万円。その金額までの贈与なら課税されません。年間110万円を超える部分に対して累進課税方式で課税されます。
一方、相続時精算課税制度は、2003年度より創設されたもの。これは、贈与税・相続税を通じた納税を可能とした制度です。対象者は、贈与者が65歳以上、受贈者が贈与者の推定相続人(代襲相続人も対象)で20歳以上となっており(年齢判定は贈与があった年の1月1日時点)、親の子供が該当する場合が多いです。
控除額は2,500万円(累積)で、控除額に達するまで複数年に渡り利用できます。代わりに年間110万円の基礎控除は使えません。控除額を超える贈与を受けた場合は、超える金額について贈与税が課税されます(税率は一律20%)。
シニアがストックを貯め込む、そもそもの理由とは
さて、そもそもシニアがストックを貯め込む理由は何でしょうか。それは、漠然とした「将来不安」です。不安になる理由は、先行きが不透明な時代で、資産が減ることはあっても増えることはない一方、老後は金がかかるという意識が強いからです。
年を取るにつれて病気がちになる。病気になれば医療費がかかる。元気なつもりでいても、突然介護が必要になる可能性もある。在宅介護でもリフォームなどそれなりのお金が必要だし、老人ホームなどへの入居にもそれなりのお金が必要になる。しかし、年金は減ることはあっても増えることはないだろう・・・というのが、多くの高齢者の心情でしょう。
こうした「将来不安」のために、シニアは、いざという時のための備えとしてストックを抱え込んでいるわけです。そして、このストックの多くは、「もう必要ないと」と思うまで保有され続けます。
では、シニアは、いつ「もう必要ない」と思うのか。それは、本人が自身の残り時間が少なくなったことを認識した時です。
ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンが主演してヒットした映画「最高の人生の見つけ方」の原題は、bucket list。つまり「棺桶に入る前にやることのリスト」でした。入院先で同じ部屋になった二人が、共に余命半年の末期ガンであることが判明したのがきっかけで、亡くなる前にやりたいことを全てやってあの世に行こうと意気投合して、世界中に出かけたのでした。
しかし、これは映画での話で、一般にはなかなかこういう風に行動をとるのは容易ではないでしょう。映画とは異なり、多くの人は亡くなるまでストックを抱えたままになります。
今回の政府・与党案で狙い通り、早期にストック移転が進むか
こうした事情のあるシニアが、今回の政府・与党案で、果たして狙い通り、早い時期に次の世代にストックを移すでしょうか。
今回の政府・与党案で従来と大きく異なる点は、受贈者の税負担が減る=贈与額の目減り分が小さくなるということだけです。これは受贈者である子や孫にとっては確かに大きなメリットです。
しかし、贈与者であるシニアにとって、贈与額の目減り分が小さくなることが、早い時期に次の世代にストックを移すインセンティブになるのかが、はっきりしません。
狙い通りにするためには、私は死後の相続よりも早い時期の生前贈与の方が贈与者にとってメリットがある点をもっと明確にすべきだと思います。
そのためには、たとえば、受贈者の年齢が若いほど(つまり、贈与者の贈与時期が早いほど)、課税率が低くなる、贈与者の健康保険の負担割合が小さくなる、といったメリットを付与することです。
こうしたメリットも併せて制度として導入するには、それなりの準備が必要でしょう。緊急の経済対策の枠組みでは、こうした制度まで導入するのは時間が短く難しいかもしれません。
しかし、人口動態のシニアシフトが世界で最も進んでいる日本の人口構成を考えれば、本来小手先の景気対策ではなく、高齢層から若年層への抜本的な所得移転策が必要なはずです。
前述のとおり、今回の案では贈与者にとってのメリットはあまりはっきりしません。しかし、それでも経済的に余裕のある富裕層シニアは、「もう必要ない」と思う以前の早い時期に生前贈与を実施するようになるかもしれません。
一方、そうではない人は、従来通り、「もう必要ないと」と思う時までストックを抱え続けるでしょう。
こうしてみると、現在の案では、シニア層から若年層への所得移転効果は、富裕層シニアに絞られた限定的なものとなりそうです。
この政策が富裕層向けの所得・相続税増税を同時に実施するためのバランス政策としての位置づけであるとの見方は、まんざら誤りではなさそうです。