その人にとっての名作

スマートシニア・ビジネスレビュー 2004年3月10日 Vol. 46

ikiru先日見た「映画 届けます」という番組が印象に残った。
NHKの人間ドキュメントである。

フリーの映画監督 河崎義祐さんが、「映画の出前」をするという話だ。見たい映画のリクエストを受け、スクリーン、プロジェクター、ビデオデッキ、ビデオテープとともに出前する。

行き先は、主に老人ホームや介護施設。リクエストの上位は、
「愛染かつら」「暖流」「麦秋」といった往年の名作が多い。
リクエストは3ヶ月先まで埋まっているという。

現在67歳の河崎さんは、元東宝の映画監督である。
「青い山脈」で監督デビューした後、
三浦友和、山口百恵、桜田淳子、松田聖子などの
若者アイドルが主役の映画をつくってきた。

47歳で東宝を辞め、フリーになった。
フリーになってから映画をつくる機会は減ったが、
若手の俳優候補の演技指導や脚本作家として仕事を続けている。

だが、映画出前サービスは、交通費などの
実費をもらうだけのボランティアである。

レンタルのビデオやDVDが普及した今、
なぜ、ボランティアでの「映画の出前」なのか。
自宅で寝たきりの女性と介護する男性の
夫婦二人のための上映会も行なった。
上映会での映画は、黒澤明監督の「生きる」。
女性からのリクエストだった。

「自宅上映会」での女性は、
自分の運命と 「生きる」の主人公の生きざまとを
重ね合わせているかのようだった。

「まさか、生きているうちに、こんな映画館のような
大きなスクリーンで映画が見られるとは思わなかった」

その女性は感激し、目に涙を浮かべていた。

こうした「映画の出前」を続ける河崎さんの
次の言葉が最も印象に残った。

「最初は全然考えていなかったが、
昔の名作を何度も何度も繰り返し見ることによって、
結果的に、今、自分は"充電"していることに気がついた。
だから、20数年前の新人の頃とうってかわって、
今こそ、いい仕事ができるんだ、という思いがある」

私は、子供の頃、深夜テレビで初めて
黒澤明監督の「七人の侍」を観た時、
昔の派手なチャンバラ合戦映画にしか見えなかった。

だが、今、この映画を観ると、
志村喬が演じる勘兵衛が体を張って示す
「修羅場におけるリーダーシップとはかくあるべし」
というメッセージが響いてくる。

もちろん、こうしたメッセージだけが、
この映画の唯一のメッセージではない。
また、それが製作した監督の意図したものと一致するとは限らない。

ただ、名作といわれる作品には、
多くの複線的なメッセージが内包されているものだ。
それを感じ取るのは、あくまで観る側である。
岡本太郎が、かつて次のように語っていたことを思い出す。

「絵を描き、彫刻をつくることだけが創造ではない。
作品を鑑賞し、自分自身が自分の問題として
何かを発見することも創造なのだ」

名作の意味がわかるのには時間が必要である。
その年齢になって初めて見えてくる世界があるからだ。
同じ作品でも、その人が作品に触れる時の心境、立場で、
伝わってくるものの深さが異なる。

その人にとって、今、その瞬間しかないという時に
心の底から震えるように感じる作品こそ、
その人にとっての真実であり、その人にとっての名作なのだと思う。

寝たきりの生活をおくる女性にとっての映画「生きる」は、
彼女にとって本当の「名作」となった。
そして、それを上映した河崎さんにとっても、
その映画は本当の「名作」となったのだろう。

河崎さんは、映画上映を続けるうちに、
映画つくりへの情熱が以前にも増して強くなったという。

「腹の底から笑って、生きる勇気がわいてくる。そんな映画をつくりたい」

と語る河崎さんは、新しい映画の脚本を書き続けているとのことだ。
内容は、16歳の少女と老人ホームで暮す5人の老人とのふれあいを
喜劇タッチで描くものだという。

近い将来、この「名作」に出会えることを待ち望みたい。

●参考情報

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