スマートシニア・ビジネスレビュー 2006年10月10日 Vol. 94
場所は東京・両国国技館。初めて国技館に行った目的は相撲ではなく、クラシックの演奏会。ワールド・フィルハーモニックという臨時編成のオーケストラによる一回限りの演奏会があったからである。
指揮者は亡きイタリア人名指揮者のジュゼッペ・シノーポリ、オーケストラは、世界中のオケからの有志ボランティアという異色の組み合わせだった。
実はこの演奏会は、ユニセフのチャリティー演奏会だった。
当時、ユニセフの親善大使だったオードリーが随行し、
演奏の前にスピーチをしたのだ。
この時、生まれて初めて実物のオードリーに会った。
当時、すでに30年以上の年月が経っていたにもかかわらず、
私の頭にあったオードリーのイメージは
「ローマの休日」「麗しのサブリナ」などの映画に出てくる、
若くて愛くるしい表情だけだった。
ところが、スピーチのために席を立った彼女の風貌は
私の期待と大きく違っていた。
それは、「ローマの休日」で見た、
眩しく、輝いていた若き女性ではなく、
30年の歳月と歩みで刻まれた
「しわ」でいっぱいの年配女性だったからだ。
それは当たり前のことと頭では理解はできても、
まるで別人に遭遇したかのように唖然としてしまった。
しかし、彼女のスピーチが始まり、その声を聴いて、「ローマの休日」のオードリーと
それから30年経った現実のオードリーが
自分のなかで初めて一致した。
その声は紛れも無く、
あのオードリー・ヘップバーンだったからだ。
国技館でのかしこまったスピーチは、
「ローマの休日」のラストシーンの
王女の話しぶりのように、少し抑え気味だった。
しかし、この世界から戦争や飢餓を無くしたいという
心からの思いが、静かに、
そして熱く伝わってくるものだった。
確かに肉体的には衰えていたかもしれない。
にもかかわらず、彼女の目の輝きと気品は、
30年の歳月で衰えるどころから、
むしろ、さらに増していたような気がした。
それが私の一生で、最初で最後のオードリーとの邂逅だ。
この邂逅は、生涯忘れることのない永遠の一瞬。
私の心の奥にしまい込まれた私だけの思い出だった。
ところが、驚いたことに、最近、この思い出を
そっくり再現したかのようなテレビコマーシャルが登場した。
そのコマーシャルには、私の脳細胞に刻み込まれている
記憶の糸を解きほぐしたかのように、
オードリーの若き飛翔の輝きが、
晩年の成熟した輝きに変わっていくシーンがあるのだ。
自分の頭のなかを覗かれたような気もしたが、
こんな素敵なコマーシャルがプロデュースされたのなら、
それも悪くないなと思った。
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