スマートシニア・ビジネスレビュー 2004年5月24日 Vol. 51
銀座の瀟洒な有料老人ホーム「エ・アロール」で
シニアのプレイボーイを演じた緒方拳は、
21年前に、これと対極の作品で主役を演じ、
脚光を浴びた男優である。
その年のカンヌ映画祭でグランプリに輝いた
その作品の名は「楢山節考」。
第一回中央公論新人賞を受賞した
深沢七郎のデビュー作を映画化したものだ。
「楢山節考」は、いわゆる「姥捨て山伝説」を
初めて小説にしたものである。
以来、「姥捨て山」は、
一部地方の「伝説」から、一般的な「名詞」となった。
だが、残念ながら、この「名詞」は、これまで
高齢者関連施設を揶揄する言葉として使われてきた。
実は、アメリカでも、これと同じような歴史がある。
アメリカで、日本の老人ホームにあたる施設は、
「リタイアメント・コミュニティ」と呼ばれる。
これが長年「陸の孤島」と揶揄されてきた。
砂漠や山の中など市街地から離れた所に
造られてきたことが理由だ。
だが、真の理由は、
社会とのつながりを遮断されてきたことにある。
リタイアメント・コミュニティとして日本でも有名な
サンシティは、デベロッパーのデルウェブ社が
1960年にアリゾナ州フェニックスに初めて建設した
55歳以上限定のリタイアメント・コミュニティである。
年に300日以上雨が降らない温暖な気候と
広いゴルフ場が売り物で、
かつてのハッピーリタイアメントの象徴だった。
だが、建設後40年以上が経過し、
住民の高齢化が進んでいる。
「リタイアした高齢者ばかりが住む老人の街」という
イメージが強く、次の世代の入居者が減っている。
このため、ますます高齢化が進む構造になっている。
アメリカでは、リタイアメントという言葉は、
「Loss of Identity(自分の存在意義の喪失)」
という意味が強く、日本語の「定年退職」よりも、
はるかにネガティブな意味と捉えられている。
このため、最近、このリタイアメントという言葉を
サービス名称から削除する例が増えている。
AARPは元々
「American Association of Retired Persons」
という名称だったが、Retiredという言葉を避けるために、
略称のAARPを正式名称にしたのは有名である。
また、エルダーホステルが支援する生涯学習機関も、
「Institute for Learning in Retirement (ILR)」
と、以前は呼んでいたのを
「Lifelong Learning Institute (LLI)」に改称した。
このような時代の流れのなかで、
リタイアメント・コミュニティもその対象となっている。
それも単にリタイアメントという名称の削除にとどまらず、
中味そのものを根本的に変えていこうという
機運が高まっている。
その最も先鋭的なのが、
「カレッジリンク型」と呼ばれる
大学と結びついて運営されるものだ。
コミュニティの入居者は、独自のクラスに加えて、
隣接する大学で、学生との共同クラスにも参加できる。
一方、若い学生に対する相談役になることも多い。
さらに、入居者自身が講師役になることもある。
入居者は自分の専門性や経験を活かせ、
学生からも感謝される。
次に緒方拳が演じるのは、
キャンパスライフをばりばりに楽しむ古老の役となる。
そんな日がいずれやってくるだろう。
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