2012年5月10日号 シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第62回
相変わらず団塊世代を含むシニア層が消費のけん引役であるとの論が多く見られる。しかし、これまで何度も述べてきたように、シニアの資産構造は「ストック・リッチ、フロー・プアー」である。金融資産が多いからと言って日常消費も多いとは限らない。
日常消費はおおむねフロー、つまり月間所得に一致している。退職者の割合の多い60代、70代の所得は、50代に比べて当然少なくなる。だから、フロー消費をすくい上げるには、相当きめ細かい緻密なアプローチが必要となる。
一方、シニアの消費を促すには、フロー消費だけでなく、ストック消費を促す商品やサービスの提案が必要だ。
米ジョージ・ワシントン大学のコーエンは、後半生の心理的発達の4つの段階の中で、50代半ばから70代前半は「解放段階」にあるとしている。退職後にサラリーマンがダイバーに転身したり、レジ打ちパートの主婦がダンス講師を始めたりする例もその解放段階にあるため。
つまり「何か今までと違うこと」を始めたいという欲求が起きやすい。60代のシニアならば退職や住宅ローンの完済、子供の独立などの節目がくる。その時に湧きおこる自己解放を促すエネルギー=インナープッシュが消費のきっかけをつくる。
そのきっかけをつくるためにモノやサービスが備えるべきは、Excited(ワクワクする)、Engaged(関与する、当事者になる)、Encouraged(元気になる)の「3つのE」だ。
まずExcited(ワクワクする)の例として、以前、雑誌「いきいき」にボストン・ワンマンス・ステイという商品があった。単なる観光旅行ではなく、憧れの街で1か月、住むように生活しながら英語を学ぶという旅行商品だ。
これが50・60代女性と夫婦の「何かをはじめたい」「リセットしたい」「変わりたい」「いまだから学びたい」という内的衝動を後押し、価格が一人120万円という高額にもかかわらず、告知2週間で30人定員が完売した。
先行き不透明感が強まる時代だからこそ、逆にこのような心理的わくわく感を後押しする「わくわく消費」はさらに求められていくだろう。
次にEngaged(関与する、当事者になる)の例として、旅行会社クラブツーリズムの「エコースタッフ」という仕組みが挙げられる。
エコースタッフの役割は「旅の友」という旅行情報満載の冊子を毎月一回250部程度ご近所に配ること。これで月3千円、配布部数の多い人は3万円以上もらえるのだ。エコースタッフの数は、現在約7,000名にのぼる。会社を定年退職した人も結構いて、最近は特に希望者が多いという。
さらに、エコースタッフどうしで仲間になり、たまったお金で旅行に出かけることも多い。その際はわざわざ他社商品に乗り換えることはなく、クラブツーリズムの商品で出かける。
企業が顧客に働く機会を提供すると、当事者意識が高まるとともに、経済的余裕も生まれるために消費が促されるのだ。このような仕事を通じた「当事者消費」は、今後の団塊消費を促す重要な形態の一つになるだろう。
さらに、Encouraged(元気になる)の事例として、女性専用フィットネスクラブ「カーブス」が挙げられる。カーブスでは、女性たちが筋肉トレーニングや有酸素運動をやって元気になる。そうすると、体型が痩せることもあり運動着以外の洋服を新たに買ったり、クラブの通い仲間と一緒に旅行に行ったりするようになる。
全国のカーブスの店舗ではいま旅行が花盛りだ。一度旅行に行くと、店舗の雰囲気がさらに明るくなり、運営も格段にしやすくなるという。このように身体が元気になると単に医療費や介護費が減るだけでなく、新たな消費が生まれやすいのだ。
これらはすべて「3つのE」が消費を生み出すけん引力になっている事例だ。シニア市場を開拓するに、「3つのE」をコアにして資産を崩しても買いたくなるような商品・サービス提案がもっと必要だ。
こうした努力は一見手間がかかるように見えるが、シニア市場で成功している企業は皆こうやってきちんと利益を上げているのである。