保険毎日新聞 連載 保険業界はシニアシフトにどう対応すべきか?第8回

文化村正面知的新陳代謝モデルでの時間消費

 

時間に余裕ができると、学ぶことに意欲を見せるシニアも多い。私が所属する東北大学加齢医学研究所スマート・エイジング国際共同研究センターで実施している「スマート・エイジング・カレッジ」は100名の受講生のうち、半分以上が60歳以上の方である。

 

公募したところ、350名を超える申し込みがあった。一方、民間企業が運営するカルチャーセンターもシニア受講生が多い。学ぶという行為は、最も知的で楽しい時間消費だからだ。

 

この「知的な時間消費」をモノ消費に結びつけられれば、コト消費からモノ消費への自然な流れができる。これを狙って、カルチャーセンターとモノ消費とを結びつけようとする動きが増えてきた。だが、これも安直にやると売り手の狙いとは逆に機会損失の多いビジネスモデルに陥ってしまう。

 

東京・渋谷の東急文化村は、古典的なコト消費コンプレックスである。オーチャードホール、シアターコクーン、ル・シネマ、ザ・ミュージアム、ドゥマゴ パリ、レストラン&ショップと、コト消費機会のオンパレードだ。

 

東急文化村のコンセプトは、「さまざまな文化を通して未来を創る複合文化施設」となっている。時間消費の形態は回遊型(オープン型)である。オープン型の意味は、回遊型だが、回遊の途中で外部との出入りが可能なことだ。

 

前回取り上げたスーパー銭湯は「身体」の新陳代謝だったが、それに対して東急文化村は「頭」の新陳代謝を狙った「知的新陳代謝モデル」である。つまり、知的刺激で感動したり、気分が高揚したりする時間消費モデルだ。

 

連結連鎖型になっていない東急文化村

 

ところが、東急文化村をよく眺めると、実は連結連鎖型になっていない。収入源は、コンサートホール、劇場、美術館、映画館、展示場、カフェ、レストラン、関連グッズといろいろあるが、1つの場所で時間消費をしても、その次の受け皿がない構造になっている。

 

たとえば、オーチャードホールがあるのに、ホール周辺にはCDショップや音楽グッズの店はない。アメリカ・ニューヨークのカーネギーホールでも、シカゴのシンフォニーホールでも、ホール館内にはお土産物屋さんがあり、観光客はそこで相当買い物をしている。オーチャードホールには、こうしたグッズショップがなく、機会損失が大きい。

 

それから映画館はあるのに、周辺に映画に関連するDVDショップやCDショップがない。美術館も同様だ。たとえば、アメリカのメトロポリタン美術館に行くと、そこで展示されている美術品の絵ハガキや関連グッズは、当然山のように置いてある。ところが、東急文化村のザ・ミュージアムにはそういうものが少ない。

 

演出が中途半端だと、本物志向のシニアは二度と来ない

 

deux margot さらに、東急文化村の課題は演出が中途半端なことだ。たとえば、ル・シネマという映画館、ドゥマゴ パリという有名なカフェがある。ところが、せっかくフランス文化の雰囲気を醸し出そうという意図を感じるネーミングや店舗の選択なのに、その造りがとても中途半端になっている。

 

東急文化村にあるドゥマゴでは、椅子やテーブルは確かに本場フランスから持ってきているが、それだけだ。パリにあるドゥマゴは、サルトルやボーヴォワールなどの著名な文人が通っていたところで、華やかでありながら、落ち着いた独特の雰囲気を持っている。

 

東急文化村のドゥマゴのホームページには「季節の空気を感じながら、お洒落なパリのカフェスタイルをお楽しみいただけるテラス」と書いてあるが、これは羊頭狗肉だ。また、店員の雰囲気も当然ながらまったく違う。パリの店のような洗練された大人の振る舞いはまったくない。だから、渋谷のこの店は人気がない。

 

こういった文化的な香りを求めてやって来るシニアの人たちは本物志向が強いので、中途半端なものに対しては厳しい。もっと本物を提供しなければ人は集まらないだろう。

 

auxbacちなみに、東京に本物のフランスらしいカフェが存在しないのかというと、実は存在している。たとえば、紀尾井町のホテルニューオータニのモールに入っているオーバカナルは、その雰囲気がかなりフランスに近い。

 

目の前には紀尾井町公園があり景色もよく、春になると桜が咲いて一等席となる。オーバカナルには銀座店など全国に6店舗あるが、紀尾井町店がよりフランスらしい雰囲気を味わえる。名前だけのドゥマゴより、知名度は低くても真にフランスらしい雰囲気を味わえる店のほうがシニアの知的時間消費には間違いなく好まれるだろう。

 

知的新陳代謝モデルには「心理的導線設計」が重要

 

知的新陳代謝モデルを機能させるには、まず、観劇、演奏会、美術鑑賞などの知的時間消費機会の受け皿としてのモノ消費(カフェ、レストラン、グッズ)の場を用意することが最低条件である。そのうえで、知的新陳代謝の「心理的導線設計」をきちんと行なうことも重要だ。

 

mnip「ミッドナイト・イン・パリ」という映画がある。日本では2012年春に上映された。欧米では爆発的にヒットしたウディ・アレン監督・脚本の映画である。1920年代のパリが舞台で、ピカソやダリなどの往年の著名芸術家や作家が時間を超えて登場する映画だった。この映画では現代と1920年代とを時空を超えて表現する多くのシーンがあり、パリの芸術が好きな人にはたまらない映画である。

 

その映画のワンシーンに、主人公のオーウェン・ウィルソンとレイチェル・マクアダムスが夕暮れに抱き合うハイライトシーンがあるのだが、このシーンの背景がモネの「睡蓮」で描かれている風景になっている。

 

仮に東急文化村のル・シネマでこんな映画を観た後に、たとえば隣のザ・ミュージアムに入ったら、モネの絵が鑑賞でき、関連グッズが置いてあり、その隣のカフェに入ったら、映画や絵の話を肴にしながら、美味しい食事やワインが楽しめる。

 

こういった顧客の心理的カタルシスが継続して得られるような場所が導線として設計されていれば、そのような場所はさぞ居心地がよく、思わず滞在時間が長くなり、時間が経てば経つほど、自然に喜んでお金を使うことだろう。

 

このように映画や演奏会の後というのは、どこかに寄って一杯飲みながら、映画や音楽の余韻を楽しみたくなるものだ。しかし、こうした人間心理を考慮してモノ消費に結びつけている例は残念ながら少ない。もちろん、この水準の時間消費の場を実現するためには、相当念入りにつくり込まなくてはいけないのだが。

 

池袋に東京芸術劇場があるが、東京都という行政がやっていることもあり、館内の飲食設備はとても貧弱なために、演奏会後は結局館外に出てどこかへ行く。これはせっかくのビジネスチャンスを失っているのだが、公務員は自分の給料に反映されないのでそんなことは気にしないのだろう。

 

 

参考文献:シニアシフトの衝撃