2013310 シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第72

image知的新陳代謝モデルでの時間消費

 

時間に余裕ができると、学ぶことに意欲を見せるシニアも多い。私が所属する東北大学加齢医学研究所スマート・エイジング国際共同研究センターで始めた「スマート・エイジング・カレッジ」は100名の受講生のうち、半分以上が60歳以上の方である。公募したところ、350名を超える申し込みがあった。

 

一方、民間企業が運営するカルチャーセンターもシニア受講生が多い。学ぶという行為は、最も知的で楽しい時間消費だからだ。この「知的な時間消費」をモノ消費に結びつけられれば、コト消費からモノ消費への自然な流れができる。

 

これを狙って、カルチャーセンターとモノ消費とを結びつけようとする動きが増えてきた。だが、これも安直にやると売り手の狙いとは逆に機会損失の多いビジネスモデルに陥ってしまう。

 

東京・渋谷の東急文化村は、古典的なコト消費コンプレックスである。オーチャードホール、シアターコクーン、ル・シネマ、ザ・ミュージアム、ドゥマゴ パリ、レストラン&ショップと、コト消費機会のオンパレードだ。

 

東急文化村のコンセプトは、「さまざまな文化を通して未来を創る複合文化施設」となっている。時間消費の形態は回遊型(オープン型)である。オープン型の意味は、途中で外部との出入りが可能なことだ。

 

スーパー銭湯などは「身体」の新陳代謝を促すことで消費を促すモデルだ。これに対して東急文化村は「頭」の新陳代謝を狙った「知的新陳代謝モデル」である。つまり、知的刺激で感動したり、気分が高揚したりする時間消費モデルだ。

 

連結連鎖型になっていない東急文化村

 

ところがよく眺めると、東急文化村は、実は連結連鎖型になっていない。収入源は、コンサートホール、劇場、美術館、映画館、展示場、カフェ、レストラン、関連グッズといろいろあるが、1つの時間消費をしても、その次の受け皿がない構造になっている。

 

たとえば、オーチャードホールがあるのに、ホール館内にはCDショップや音楽グッズの店はない。アメリカ・ニューヨークのカーネギーホールでも、シカゴのシンフォニーホールでも、ホール館内にはお土産物屋さんがあり、観光客はそこで相当買い物をしている。オーチャードホールには、こうしたグッズショップがなく、機会損失が大きい

 

また、映画館はあるのに、文化村には映画に関連するDVDショップやCDショップがない。美術館も同様だ。たとえば、アメリカのメトロポリタン美術館に行くと、そこで展示されている美術品の絵ハガキや関連グッズは、当然山のように置いてある。ところが、東急文化村のザ・ミュージアムにはそういうものが少ない。

 

中途半端な演出では本物志向のシニアは二度と来ない

 

さらに、東急文化村の課題は演出が中途半端なことだ。たとえば、ル・シネマという映画館、ドゥマゴ パリという有名なカフェがある。ところが、せっかくフランス文化の雰囲気を醸し出そうという意図を感じるネーミングや店舗の選択なのに、その造りがとても中途半端である。

 

image具体的には、東急文化村にあるドゥマゴは、椅子やテーブルは確かに本場フランスから持ってきているが、それだけだ。パリにあるドゥマゴは、サルトルやボーヴォワールなどの著名な文人が通っていたところで、華やかでありながら、落ち着いた独特の雰囲気を持っている。

 

東急文化村のドゥマゴのホームページには「季節の空気を感じながら、お洒落なパリのカフェスタイルをお楽しみいただけるテラス」と書いてあるが、これは羊頭狗肉だ。

 

また、店員の雰囲気も当然ながらまったく違う。パリの店のような洗練された大人の振る舞いはまったくない。だから、渋谷のこの店は人気がない。

 

こういった文化的な香りを求めてやって来るシニアの人たちは本物志向が強いので、中途半端なものに対しては厳しい。もっと本物を提供しなければ人は集まらないだろう。

 

知的新陳代謝モデルには「心理的導線設計」が重要

 

知的新陳代謝モデルを機能させるには、まず、観劇、演奏会、美術鑑賞などの知的時間消費機会の受け皿としてのモノ消費(カフェ、レストラン、グッズ)の場を用意することが最低条件である。そのうえで、知的新陳代謝の「心理的導線設計」をきちんと行なうことが必要なのだ。

 

 

シニアシフトの衝撃