12月10日 シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第57回

ガイドブックの例ロングステイが期待されるほど売れない理由

 

退職を迎えた男性や子育てが一段落した女性が旅行市場の牽引役となっているのは周知の事実である。多くの調査によれば、退職後に最初にやりたいことの筆頭が旅行だ。特に多いのは現役ビジネスパーソン時代にはなかなか実現できなかった一週間以上の海外旅行である。超円高の今は退職者にとっては絶好のタイミングだ。

こうした旅行需要の受け皿となっている旅行商品の大半は、旅行代理店が企画するパック旅行である。最初の数回はこれでも良い。ところが、何度か行くと徐々に飽きてくる。そこで旅行代理店などは、現地での生活体験そのものが旅の醍醐味であるとしてロングステイをその受け皿として勧め、無料説明会を開催する。こういった説明会は時間に余裕のある退職者ですぐに満員となる。

ところが、説明会に五〇人集まっても、実際にロングステイに参加するのは、数人に留まることが多い。その理由は、高い価格に対する「価値」を感じないためだ。海外でのロングステイは、日本での長期滞在より安いといわれる。だが、円高とはいえ、ハワイやオーストラリアなどの先進国の物価は意外に高い。滞在後に円安に転じた場合のリスクもある。

一方、マレーシアやタイなどの東南アジアでは滞在費は確かに安い。だが、滞在費が安いという理由だけで、異国に長期滞在するのは、実はそれほど楽ではない。これは実際体験するとよくわかる。

まず、言葉の問題。その国の言葉ができないと、住んでいてもハンディキャップを持っているようなものになる。すると、現地での友人ができにくく、交流もできず、精神的な孤独感が増す。来日した外国人が長期滞在しても日本語ができず、ノイローゼになるのと同じである。

さらに、食事や健康を崩したときの医療や安全の質は、日本よりもレベルが低いところも多い。これらの「異国文化・生活バリア」がロングステイ実行への阻害要因なっている。

 

ロングステイ説明会の様子あこがれのパリでロングステイする日本人女性の実態

 

しかし、もっと大きな阻害要因は、「何のために」異国に長期滞在するのかという目的の欠如である。団塊世代が対象ではないが、フランス・パリでロングステイする日本人がよい例だ。

旅行以外でパリにやってくる日本人の多くは二〇代後半から三〇代前半の女性である。彼女たちの大半は数年のOL生活後に退職してやってくる。その多くは、二人連れでアパートを相部屋にして借りて住む。

アリアンス・フランセーズなどの外国人向けフランス語学校に入学するが、これらの日本人は、入学一ヶ月後に七割が学校に来なくなり、三ヶ月後には九割が来なくなる。学校をサボって空いた時間は映画を見たり、カフェで駄弁ったりして過ごす。だが、パリは日本に比べて物価が高い。そのうえ、失業率が慢性的に高いため外国人がアルバイトできる機会はほとんどない。

おまけに、これらの人たちは結果としてフランス語がほとんどできない。結局、こうした日本人女性グループは、生活費が底をつき、パリ到着後、数ヶ月以内に日本に帰っていく。

 

半歩先の団塊_111210-2参加者の潜在的な「目的」に気づいてもらう

 

この例の通り、目的が不明確なロングステイは、お金と時間の投資に対するリターンが非常に少ない。旅行代理店などが提案するロングステイは、国内・海外を問わず、「長期滞在自体」を目的にしている場合が多い。だが、長期滞在は実は「手段」である。むしろ、参加者個人にとって何のために長期滞在するのかの「目的の明確化」こそが重要だ。

たとえば、「パリのフランス語学校で単位を取得する」「ロンドンでフラワー・アレンジメントの資格を取る」などの目的が明確であれば、たとえ異国文化・生活バリアがあったとしても、たいていは乗り越えられる。つまり「目的志向型」のロングステイであれば、もっと受け入れられる余地が大きいのだ。

したがって、商品提供側に必要なのは、どんなことを「目的」としたロングステイのプログラムが利用者にうけるかの研究だ。そして参加者の潜在的な「目的」に気づいてもらうようなプログラムづくりがカギとなる。


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シルバー産業新聞社のご好意により全文を掲載しています。

 

●参考

リタイアモラトリアム すぐに退職しない団塊世代は何を変えるか