スマートシニア・ビジネスレビュー 2009年3月9日 Vol.126
先週、私の所属する東北大学加齢医学研究所とヤマハ発動機による「二輪車乗車と脳の活性化の関係」についての研究結果が発表された。
多くのメディアで取り上げられたのでご存知の方もいらっしゃると思うが、本稿では別の視点でお話したい。
今回発表の研究成果の最大の特長は、
世界で初めてオートバイ運転時の脳(前頭前野)の活動を
計測したことにある。
これができた理由は、バイクを運転中の人でも
脳機能が計測できる携帯型の装置が開発されたためだ。
これは携帯型光トポグラフィといい、
日立製作所基礎研究所が開発した。
光トポグラフィは、近赤外光を活用する
脳機能計測装置の一種である。
近赤外光計測は日本で生まれた技術で、
日立製作所と島津製作所が装置を販売している。
近赤外光計測の最大のメリットは、脳計測装置の定番である
ポジトロンCTや機能的MRIのように
頭を固定する必要がないこと。
このため、実際の生活により近い状態で脳を計測できる。
また、近赤外光計測は「光」を使うため、
他の装置のように放射線を使う必要がない。
このため、赤ちゃんや子供の脳も放射線を浴びせることなく
計測できるというメリットもある。
今回の研究で使用したのは、こうしたメリットをもつ
近赤外光計測装置の「携帯型」である。
計測法は帽子のような装置を頭にかぶるだけ。
この簡便さが今回のようなバイクに乗っている人の
脳機能の計測が可能となった理由だ。
この携帯型装置には今後様々な応用が考えられる。
たとえば、プロ野球チームの投手、捕手、打者、監督などが
プレーをするときに、この装置をつけてもらえば、
プロ選手の思考の様子と実際の運動結果との相関などを
調べることができるだろう。
今話題のワールド・ベースボール・クラシックで言えば、
韓国のエース投手キム・ガンヒョンと
日本の4番打者の村田修一との対決の際、
互いの脳のどの部位が活性化しているかなどは、
おそらくわかるだろう。
実際の試合では選手はヘルメットをかぶるので、
そう簡単にはいかないが、原理的には可能と思われる。
移動の少ないコーチや監督なら装着はより容易だろう。
投手と打者の駆け引き、監督とコーチの思惑などが
リアルタイムでわかれば、野球観戦も一味違うものとなろう。
しかし、実はこうした計測には、倫理規定による
厳密な審査が必要なので、何でもかんでも
みだりに計測できるわけではないのだ。
だが、頭を固定しないで脳の計測ができるという点は、
我々の生活を改善するための様々な応用への
可能性を開くものといえる。
一方、近赤外光計測の課題は、大脳表面の働きが
おぼろげにわかる程度なことだ。
このため、ポジトロンCTや機能的MRIのように
脳の細かい部位までは計測できない。
この点は今後の技術革新に期待したい。
日本発の技術を用いて日本の研究所で
中高年向けの独創的な研究を生みだす。
こうした取組み事例をどんどん積み上げることで
世界における日本の存在感を
上げることができるだろう。
参考情報
東北大学加齢医学研究所